EPISODE 12

めざめ ― おかあさんからの、てがみ

Luminus Archive

学園の、しずかな、びょうしつ。

しろいかべに、しろいシーツ。まどぎわの、ベッド。

机のうえには、ふるい、革表紙のノートが、ひとつ。

きょうも、まだ、ひらかれては、いない。

窓のそとの、はるの木は、まだ、ちいさな、つぼみのまま。

はるの、しろいあさのひかりが、すこしつめたく、さしこんでいた。

とおくで、ハープの、ひくいしらべが、しずかに、ひびいている。

まくらもとには、ピコが、ちいさなつばさを、たたんで、しずかに、すわっていた。

ねむりは、ながかった。

そのあいだ。

めを、さまさない、しるふぁの、よこには、いつも、だれかが、いた。

ティナは、まいにち、まくらもとに、すわって、しずかに、しゃべりつづけた。

リヴィアは、つるぎを、ベッドのよこにたてかけて、本のページをめくりつづけた。

アリアは、めがねの、レンズを、なんども、ぬぐった。

リュシア先輩は、しるふぁのすきな、ハーブティーを、まくらもとに、おいた。

ノエルは、目を、とじて、しずかに、いのっていた。

セリア会長は、しるふぁのひたいに、ほそいてを、そっと、あてて、ねつをはかった。

そして、ピコは。

いちども、しるふぁの、そばを、はなれなかった。

ルーナさまの、ちいさな、こえが、しずかに、なんども、ささやいた。

「だいじょうぶ、しるふぁさん。
——わたしたちが、ずっと、そばにいます。
あなたが、もどってくる、その日まで」

——けれど、しるふぁの、まぶたは、ながいあいだ、ひらかなかった。

ある、あさ。

しるふぁの、まぶたが、ゆっくり、ゆっくりと、ひらいた。

てんじょうの、しろい、ひかりが、めに、しみた。

しらない、てんじょう、だった。

しらない、しろい、へや。

しらない、まどの、かたち。

——ここは、どこ、だろう。

しるふぁは、しずかに、まばたきを、した。

それから、ゆっくりと、くびを、まわして、まわりを、みた。

ベッドの、まわりに。

たくさんの、ひとが、いた。

きんぱつの、おだんごヘアの、女の子。

くろい、ながいかみの、せのたかい、女の子。

めがねを、かけた、しずかな目の、もうひとり。

すこし、ねむそうな、まるいメガネの、女の子。

銀色がかった、うすい青のかみの、おだやかなひと。

ながい、しろいかみの、しずかなひとと、ほそい、すらりとした、銀のかみのひと。

みんな、しるふぁと、めが、あうと——

ぱっ、と、かおが、ほころんだ。

まるで、ながいあいだ、まちわびて、いたものが、やっと、かえってきた、ような。

そういう、わらいかた、だった。

まくらもとで。

ちいさな、しろい、とりのような、ひかりが、ちょこん、と、すわって、しるふぁの、ほほに、すりよってきた。

ぴぃ、と、ないた。

しるふぁは、しばらく、おだやかに、そのすべてを、ながめていた。

そして——

ぽつり、と、つぶやいた。

「……あの……、みなさん、どなた、ですか」

ちいさく、おだんごヘアの女の子が、息を、のんだ。

ベッドの、まわりが——

ぴた、と、こおりついた。

「……しるふぁ?」

その子の、こえが、ふるえた。

「わたし、だよ。ティナ、だよ。
おぼえて、ないの?
わたし、——あなたの、いちばんの、おともだち、だよ……?」

しるふぁは、しずかに、その子をみた。

そして、ちいさく、くびを、よこにふった。

「……えっと…、ごめんなさい。
——どなたなのか、わかりません」

ティナ、とよばれた、女の子の、めが、おおきく、ゆれた。

くちもとが、わらおう、として——

でも、そこから、ぽろっ、と、なみだが、ひとつぶ、こぼれた。

ほかの、ひとたちも。

ほんの、いっしゅん、いきを、のんで、かたまった。

けれど、つぎの、しゅんかん。

くろいかみの、せのたかい女の子は、ぐっ、と、くちびるを、かみしめて、それから、しずかに、せすじを、のばした。

めがねの女の子は、すっ、と、めがねを、はずして、レンズを、ぬぐった。

まるいメガネの女の子は、しずかに、てを、くちもとに、あてた。

そして、みんな、——

もういちど、しるふぁに、むかって、やわらかく、ほほえんで、みせた。

なきだしそうな、かおを、けんめいに、おさえて。

しるふぁには、なぜだか、わかった。

このひとたちは、いま、ほんとうは、すごく、かなしいのだ。

——なのに、わたしのまえで、わらおうと、している。

しるふぁの、むねの、おくが、きゅっ、と、いたんだ。

なぜ、しらないひとたちの、ために、むねが、いたいのか。

——わからなかった。

ちいさな、しろいとりが、しるふぁの、ほほに、すりよって、ぴ、ぴ、と、ないた。

しるふぁは、その子を、みた。

「……あなたは、わたしの、ともだち、ですか?」

ぴ、と、その子が、ないた。

しるふぁは、その、ちいさな、ぬくもりを、てのひらに、うけとって——

すこしだけ、ほっ、と、わらった。

「あなたは、なんだか
——『しってる』、きが、する」

ながい、しろいかみの、しずかなひとが、ベッドの、よこに、ひざを、ついた。

しるふぁの、ほそいてを、しずかに、にぎった。

その、てのひらは、すこし、つめたかった。

「しるふぁさん。
わたしたちは、あなたの、なかまです」

「……はい」

「ゆっくり、で、いいのです。
あなたは、いま、おおきなたたかいを、おえたばかり、なのです」

しるふぁは、こくり、と、うなずいた。

うなずいて——

それから、すこし、こまった、かおをした。

「すみません。
わたし——『たたかい』、と、いわれても。
なにを、いっているのか、わからない、です」

銀色がかった、うすい青のかみの、おだやかなひとが、しずかに、めをふせた。

「……それで、いいのです。
いまは」

それから、なんにちか。

しるふぁの、まわりには、いつも、だれかが、いた。

おだんごヘアの女の子——ティナは、あさ、いちばんに、やってきた。

「しるふぁ、おはよ! きょうはね、中庭の、ふん水が、きらきらしてたよ!」

ティナは、いつも、にこにこと、たくさん、はなしてくれた。

がくえんのこと。きのうの、おべんとうのこと。ミミズクのルミの、ポポのこと。

しるふぁは、その、はなしの、はんぶんも、わからなかった。

けれど、ティナは、いやな顔ひとつ、しなかった。

ただ——

ときどき、はなしが、とぎれた、しずかな、いっしゅん。

ティナの、めもとが、すこし、あかく、なるのを、しるふぁは、みのがさなかった。

くろいかみの、せのたかいひと——リヴィアは、しずかに、本を、よんでくれた。

ふるい、ものがたりの、本。

こえは、おちついて、きれいだった。

けれど、ときどき。

ある、ぎょうを、よもう、として——

こえが、ふっ、と、つまって、ちいさく、せきばらいを、して、また、よみはじめた。

めがねの、しずかなひと——アリアは、まくらもとで、なにか、むずかしい、かみを、ひろげていた。

そして、しょっちゅう、めがねを、はずして、レンズを、ぬぐった。

ふしぎだな、と、しるふぁは、おもった。

——こんなに、なんども、ぬぐわなくても、いいくらい、きれいな、レンズなのに。

まるいメガネの、リュシア先輩は、いつも、あたたかい、おちゃを、いれてくれた。

そして、ふるい、ものの、おはなしを、してくれた。

銀色がかった、うすい青のかみの、ノエルさまは、しずかに、いのって、くれた。

ながい、しろいかみの、ルーナさまは、まいにち、しるふぁの、まくらもとで、ほほえんでいた。

みんな、しるふぁの、まえでは。

けっして、なかなかった。

みんな、しるふぁの、まえでは。

むりにでも、やさしく、わらって、くれた。

しるふぁは、その、ひとつひとつを。

じっと、みつめていた。

「……ピコ」

ちいさな、しろいとり——その子の、なまえは、「ピコ」というのだと、ティナが、おしえてくれた。

しるふぁは、ピコに、そっと、ささやいた。

「みんな、わたしの、まえでは、わらってくれる。
でも、ね、ピコ」

「あの、わらいの、おくが——
……すこし、ふるえて、いるの」

ぴ、と、ピコが、ちいさく、こたえた。

ある、ゆうがた。

しるふぁが、まどの、そとを、ぼんやり、ながめていると。

びょうしつの、とびらの、むこう、ろうかから。

ちいさな、なきごえが、きこえた。

ティナの、こえ、だった。

「……なんで、しるふぁ……っ」

こらえて、こらえて——とうとう、こらえきれなく、なった、ような。

ろうかで、しゃくりあげる、ティナの、こえ。

それを、しずかに、なだめる、ほかの、ひとたちの、こえ。

——みんな、わたしの、まえでは、わらって、いるのに。

——とびらの、むこうで、ないて、いたんだ。

しるふぁは、しばらく、その、こえを、きいて、いた。

そして、じぶんの、てのひらを、みた。

しろくて、ほそい、しらない、てのひら。

——わたしは、いったい、このひとたちに、なにを、して、しまったんだろう。

むねの、おくが、しんしんと、いたんだ。

まくらもとの、ピコが、しるふぁの、てのひらに、ほほを、すりよせた。

つぎの、ひの、ひる。

ルーナさまが、しずかに、びょうしつに、はいってきた。

その、目のおくに。

これまでの、ルーナには、なかった、ふあんの、ようなものが、あった。

「しるふぁさん。
——ひとつ、おはなしが、あります」

「……はい」

「この学園の、いちばん、うえに、たつ、かたが。
——あなたに、あいに、こられます」

ルーナさまは、すこし、いいよどんで、それから、しずかに、つづけた。

「あのかたは、ね。
ながい、あいだ、おさえこんできた、おもいが——
いま、いちどに、あふれだそうと、しています」

ルーナさまは、ふかく、いきを、ついた。

「だから、おねがいです。
もし——
あのかたが、あなたに、つよく、ことばを、ぶつけたとしても。
そのこころの、おくを、しんじて、あげて、ほしいのです」

しるふぁには、はなしの、なかみが、よく、わからなかった。

けれど、こくり、と、うなずいた。

と、とびらが、しずかに、ひらいた。

ひとりの、女のひとが、ルーナさまに、てをひかれて、ゆっくりと、はいってきた。

ながい、銀色のかみ。

あおじろいほおに、すみれ色の、ふかい瞳。

ほそく、すらりと、した、ひと。

しるふぁは、その、ひとが、だれだか、わからなかった。

けれど。

——なぜか。

むねの、ペンダントが、すこし、つめたく、なった、きがした。

「……」

そのひとは、しずかに、ベッドのそばに、たった。

ふるえる、ほそいてで、しるふぁのほほに、てをのばし、——

ぴたっ、と、その手を、とちゅうで、とめた。

そして、しるふぁを、まじまじと、みつめた。

「……あなたは」

「わたしが、だれだか、——わかる、かしら」

しるふぁは、しずかに、くびを、よこに、ふった。

「……ごめんなさい。
わかりません」

そのひとの、すみれ色の、目が、ふるえた。

——ほかの、ひとたちは、みんな、なきたいのを、こらえて、わらって、くれた。

けれど、このひとは、ちがった。

このひとは、——こらえる、ことが、もう、できなく、なっていた。

「……どうして」

ちいさな、こえ、だった。

「どうして、——わたしのこと、わすれて、しまったの?」

その、こえが、しずかに、すこしずつ、つよく、なっていった。

「わたしはーー
ひとを、しんじることを、やめて、ちからで、まもると、きめていたのに。
そんな、わたしのこころに、いきなり、はいってきたのはーー
あなた、じゃない?」

「『そばに、いて、ください』、なんて、いって。
わたしが、ながいじかんを、かけて、つくりあげてきた、よろいを、ぐしゃぐしゃに、して。
そのあげく——
じぶんが、わすれて、しまうなんて」

「——どうして……こんなことに、なったのよ!!」

そのひとの、こえが、ろうかにまで、ひびくほど、つよく、なった。

「わたしは、もう、こころのよろいを、うしなって、しまったの!
あなたのせいで、わたしは、これから、はだかで、いきていかないと、いけないのよ!
——なのに、あなたは、それを、おぼえて、いないなんて!」

「わたしはいったい、これから、どう、いきればいいの?
どうやって、まえに、すすめばいいのよ!」

ぽろぽろ、と、なみだが、そのひとの、ほおをつたって、おちた。

ティナが、はっ、として、まえに、でようと、した。

「アウレリアさま、しるふぁに、そんな……!」

——アウレリア。

このひとの、なまえは、アウレリア、というのか、と、しるふぁは、おもった。

ルーナさまが、しずかに、ティナの、かたを、おさえた。

「……まって、ティナさん」

しるふぁは。

しずかに、そのすべてを、きいていた。

なきさけぶような、ひとのこえ。

じぶんに、むかって、なげつけられている、ことば。

ぜんぶ、しるふぁには。

——『しらない、ひとの、はなし』、だった。

けれど。

しるふぁには、みえていた。

みんなが、なきたいのを、こらえて、わらっていた、それと、おなじ、かなしみが。

このひとの、なかでは——

こらえきれずにあふれ、いかりのかたちに、なっているのを。

——おなじ、なんだ。

しるふぁは、おもった。

このひとも、ほかのひとたちと、おなじくらい。

——ううん、もしかしたら、だれよりも、ふかく。

わたしが、いなくなって、しまったことを、かなしんでいる。

そして、こわがって、いる。

——もう、ひとりに、なって、しまうことを。

むねの、ペンダントが、しずかに、つめたく、ふるえた。

そして、ピコが。

ふらり、と、しるふぁの、てのひらから、まいあがって。

アウレリアの、まえに、すうっ、と、とんでいった。

そして、アウレリアの、なみだのこぼれる、ほおに——

そっと、ほほを、すりよせた。

アウレリアが、はっ、として、ピコを、みた。

ピコは、ぴ、ぴ、と、ちいさく、ないた。

そして、ふたたび、しるふぁの、てのひらに、もどってきた。

しるふぁは、ピコを、みつめて、それから——

ゆっくりと、かおを、あげて、アウレリアを、みた。

「……あなたが、だれだか。
わたし、おもいだせ、ないです」

「でも」

しるふぁは、しずかに、いった。

「あなたは、——いま、すごく、
くるしんで、いらっしゃるんですね」

「あなたを、たすけようとした、わたしは、
あなたから、なにかを、うばって、しまったんですね」

「ごめん、なさい」

しるふぁは、ふかく、あたまを、さげた。

「だれかは、わからないけど。
——わたしの、なかの、なにかが、
あなたに、こころを、よせて、いたみたい、です」

「だから……
あなたが、おこっている、ことも、
ぜんぶ、わたしが、せおいます」

「あなたが、いま、さけびたい、なら——
さけんで、ください」

「わたしは、いま、ここに、いますから」

アウレリアの、くちから、ちいさな、嗚咽が、もれ、

しるふぁの、まえに、くずれおちた。

ベッドの、ふちに、つかまって。

そのまま、ことばに、ならない、こえで、ながいあいだ、ないた。

ルーナさまが、しずかに、ベッドのよこに、ひざをついて。

アウレリアの、せなかを、そっと、なでて、いた。

しるふぁは——

じぶんの、ひざのうえにおちる、しらないひとのなみだを、じっと、みつめていた。

「……ピコ」

ちいさな、こえで、しるふぁは、ピコに、ささやいた。

「……わたし、ね」

「『おぼえて、いない』のに——
こんなに、むねが、いたい、よ」

ピコが、ぴぃ、と、ないた。

しるふぁの目から、ぽたり、と、なみだが、おちた。

なんで、ないて、いるのか、——

しるふぁ、じしんにも。

わからない、なみだ、だった。

びょうしつに、こがねいろの、ゆうぐれのひかりが、さしこんでいた。

しばらくして、アウレリアは、ルーナにつれられて、しずかにへやを、でていった。

でていく、まぎわ。

アウレリアは、いちど、ふりかえって、しるふぁを、みた。

その目は、もう、なきさけんで、いなかった。

ただ、——とほうにくれた、ちいさな、こどものような、目、だった。

ティナたちも、しるふぁを、やすませるために、いったん、へやからはなれた。

でていく、とき。

ティナが、ふりかえって、せいいっぱい、わらった。

「しるふぁ、また、あした、くるね!」

その、わらった、目もとが、やっぱり、すこし、ぬれていた。

へやには、しるふぁと、ピコ、だけになった。

まどのそとを、かぜが、わたっていく。

しずけさ、だけが、のこった。

しるふぁは、ベッドのうえで、ぼんやりと、まどのそとを、ながめていた。

ピコが、ひざにのって、しるふぁを、みあげている。

「ピコ。
わたし、——どう、すれば、いいのかな」

しるふぁは、ぽつりと、つぶやいた。

「みんな、わたしに、たくさんのものを、くれているみたい。
なみだも、ことばも、ハーブティーも、本も、——いのり、も」

「でも、わたし、なにも、おぼえてない。
おかえしも、できない」

「あの、ぎん色のかみのひとを、かなしませて、しまったのも、わたし、なんだね」

「……『わたし』って、——だれ、なんだろう」

ピコが、しるふぁの、てのひらに、ほおを、すりよせた。

ぴ、と、ちいさく、ないた。

なみだが、ぽたり、ぽたり、と、ひざに、おちた。

よるに、なった。

まどのそとは、しずかな、やみ。

へやには、ランプの、ちいさなひかり、だけが、ともって、いる。

つくえのうえの、かわ表紙の日記が、そのひかりに、ぼうっと、てらされていた。

かすかに、ピアノの、いちおんが、ひびく。

しばらくして。

ピコが、しるふぁの、ふとんの、はしを、ぴ、ぴ、と、くちばしで、つついた。

しるふぁが、すこし、かおを、だした。

「……ピコ」

ピコは、ふとんから、ふらり、と、まいあがって、机のうえに、おりた。

そして、しるふぁを、じっと、みて、

ノートに、ちょこん、と、のった。

しるふぁが、ふしぎそうに、おきあがった。

「……それ、は?」

しるふぁは、よろよろと、ベッドから、おりて、机のまえに、たった。

かわの、にしき色の、すこし、いたんだ、表紙。

しるふぁは、おそるおそる、それに、てを、のばした。

——ふしぎな、きもち、だった。

『しらない、もの』のはず、なのに。

ゆびが、ふれた、その、しゅんかん。

むねの、ペンダントが、しずかに、ふるえた。

「あ……」

ペンダントが、ほんのりと、きん色に、ひかった。

しるふぁは、ノートの、表紙を、ゆっくりと、ひらいた。

そして——

さいしょのページに、こう、かいてあった。

『おかあさんへ。

きょう、がくえんに、つきました。

ティナちゃんという、おともだちが、できました。

とっても、あかるくて、やさしい子です。』

しるふぁの、いきが、つまった。

——「ティナちゃん」。

そう、よばれて、ないていた、おだんご頭の、女の子の、すがたが。

ぽっ、と、あたまのおくに、うかんだ。

「……ティナ、ちゃん」

ちいさな、こえで、つぶやくと——

胸のおくが、じわっ、と、あつくなった。

しるふぁは、ふるえる、ゆびで、ページを、めくった。

『きょう、リヴィアさんという、人と、たたかいました。

つよくて、つめたくて、こわい、人だと、おもいました。

でも、ちょっとだけ、ちがったみたいです。

リヴィアさんは、きっと、すごく、やさしい人です。』

「……リヴィア、さん」

ぼんやりと、——

くろい、ながいかみの、つるぎをもった、せのたかい女の子の、すがたが、うかんだ。

——わたしの、まえで、こえを、つまらせ、ながら、本を、よんでくれた、ひと。

『リュシアせんぱいは、おじいちゃんが、たいせつにしてた、ふるいゲームきを、ずっと、もっていて』

「リュシア、せんぱい」

『アリアさんが、わらってくれました』

「アリア、さん」

——めがねを、なんども、なんども、ぬぐっていた、ひと。

『ノエルさんが、ささやくように、いった。「ルミネットの、ふかいところで、なにかが、おきている」』

「ノエル、さん」

しるふぁの、手が、ふるえた。

——なまえ、だけ、しか、わからない。

けれど。

その、なまえを、こえに、だすたびに。

むねのおくに、ともしびが、ひとつ、ふたつ、と、ふえていくようだった。

そして、ページの、まんなか、あたりに。

その、なまえが、あった。

『きょう、理事長アウレリアさまに、おあい、しました。

こわい、と、おもった。

ぜんぜん、わるい、ひとじゃ、ないの。

でも、こわかった。』

「……アウレリア、さま」

しるふぁは、ぱっ、と、かおを、あげた。

ゆうがた、なきさけんで、いた、あの、ぎん色の、かみのひと。

あのひとの、なまえ、だった。

——わたしの、せいで。

あんなに。

しるふぁの、目に、なみだが、こみあげた。

『——アウレリアさま、こころが、むかし、やさしかった、なら。

いまでも、きっと、その、やさしさは、どこかに、のこってる、はず、だから』

しるふぁの字が、しずかに、かたっていた。

しらないはずの、じぶんの字、が。

あつくて、つよくて、まっすぐな、ことばで。

「……わたし」

しるふぁは、ふるえるこえで、つぶやいた。

「わたしは、——
こんなふうに、おもって、いた、の?」

しるふぁは、ページを、いっぺんに、めくった。

最後のほうに、こう、かいてあった。

『きょう、ずっと、ずっと、むかしの、「はじまりの、ひと」に、あいました。

しょだいの巫女、エレーヌさん。』

『——わたし、なんだか、わかった、気が、するの。

「こたえが、ある」から、つよいんじゃ、ない。

「こたえが、なくても、といつづける」のが、つよさ、なんだって』

「エレーヌ、さん」

しるふぁの、心ぞうが、どくん、と、はねた。

なまえを、よんだ、しゅんかん——

あたまのおくに、すみきった、いずみが、見えた、きがした。

ほっそりとした少女が、ちいさな、ひかりのとりと、いっしょに。

ぽろぽろ、と、なみだを、こぼしていた。

そして、エレーヌが、しるふぁに、こう、いったような。

『——あきらめないで、ね』

しるふぁの、息が、つまった。

「……わたし」

「——『あきらめない』って、いって、いたんだ」

ばさっ、と、しるふぁは、ノートを、ぎゅっと、だきしめた。

しるふぁの、なかで、——

なにかが、いっせいに、せりあがって、きた。

——いままで、こんなに、たくさんのひとに、わたしは、だいじにされていたんだ。

——いままで、こんなに、まいばん、まいばん、おかあさんに、おてがみを、かいていたんだ。

——いままで、こんなに、まっすぐに、わたしは、いきていたんだ。

そして。

——いまの、わたしは、それを、ぜんぶ、わすれてしまっている。

しずかに、ふかく、せまってくる。

しるふぁの、なかで——

『かなしみ』が、こみあげた。

ぽろぽろ、と、なみだが、おちた。

——みんなを、なかせてしまったことへの、かなしみ。

つぎに、『いかり』が、こみあげた。

なんで——わたしは、わすれて、しまったの?

こんなに、たいせつな、ことを。

こんなに、たいせつな、ひとたちを。

——なんで!

そして、『はじらい』。

——『あきらめない』なんて、いっておいて、

わたしはいま、なにも、おもいだせないまま、ここにいる、なんて。

そして、『よろこび』。

——でも、わたしは、こんなに、たくさんのひとに、

だいじに、おもわれていたんだ。

わたしのなかに、こんなに、おおきなともしびが、あったんだ。

ぜんぶ、いっぺんに、こみあげてきた。

しるふぁは、両手で、かおを、おさえた。

そして、——

「わぁああああっ」

こえに、ならない、こえ、だった。

ねむれない、よるを、はげしい、なみだが、つらぬいた。

しるふぁは、ノートを、だきしめて。

ベッドのうえに、くずれおちて、ないた。

ピコが、しるふぁのまわりで、ちいさく、ちいさく、ぴ、ぴ、ぴ、と、ないて、いた。

しるふぁを、どうにか、なぐさめよう、と、していた。

ぴょこ、ぴょこ、と、しるふぁの、かたから、ほおから、てのひら、へと、はねまわった。

「ピコ……ピコ、ピコっ……」

しるふぁは、ピコを、ぎゅっ、と、だきしめた。

「ピコ、わたし、わたし、——
かなしいの、かなしいの、こわいの、はずかしいの、——でも、すごく、うれしいの!」

「みんなのこと、ぜんぶ、わすれて、しまったの!
それでも、わたしを、ささえて、くれたの!
わたし、——わたし、おもいだしたい、よ……っ」

ピコは、しるふぁの、なみだに、ぬれた、ほおに、ほほを、すりよせた。

ぴ、ぴ、ぴ、と。

ながく、ながく、ないた。

しるふぁの、ふかい、嗚咽の、こえだけが、しずかに、よるに、とけて、いった。

はるの、すみきった、あさのひかりが、さしこんでいる。

とおくから、しずかな、ハープのねいろが、きこえる。

ベッドのうえで、しるふぁは、日記を、だきしめた、まま、ねむっていた。

ピコが、まくらもとで、つばさをたたんで、しずかに、しるふぁを、みまもっている。

なんにちか、たった、あさ。

しるふぁは、まだ、——

だれがティナで、だれがリヴィアで……ということも、はっきりとは、おもいだせなかった。

けれど、なまえを、きくと。

むねのおくに、ぽつ、と、なにか、あたたかいものが、ともった。

そんな、かんかく、だった。

ドアが、こん、こん、と、ノックされた。

「——しるふぁさん」

ほそい、しずかな、こえ。

まえに、セリア会長、というひとのこえだと、ティナが、おしえてくれた。

「……はい」

ドアが、しずかに、ひらいた。

セリア会長と、ティナが、はいってきた。

ティナの目は、まだ、すこし、はれていた。

けれど、——きょうは、わらおうとして、いるのが、わかる、かおだった。

「しるふぁ、おはよう」

「……おはよう、ございます、ティナちゃん」

ティナの目に、ぱっ、と、ひかりがもどる。

「わたしの、こと、おもいだしたの!?」

しるふぁは、ちいさく、くびをふった。

「……ごめんなさい。
名前、しか、まだ。
——でも、よろこんでいる、あなたを、みると、
わたしも、うれしい、です」

ティナは、すこし、しょぼん、と、して、

それから、ぱっ、と、まえを、むいた。

「いいの! なまえ、よんで、くれたから!
それだけで、いいよ、しるふぁ!」

そう、いって、わらった、ティナのひょうじょうは、

もう、めもとが、ふるえて、いなかった。

——ほんとうの、えがおに、なっていた。

しるふぁの、むねが、じんわりと、あたたかく、なった。

セリア会長が、しずかに、ほほえんだ。

「しるふぁさん」

会長は、てに、ちいさな、こづつみを、もって、いた。

「あなたあてに、おてがみが、とどいて、います」

「……わたしに?」

「はい」

「——ご家族から、です」

しるふぁの、心ぞうが、どくん、と、はねた。

——『家族』。

なぜか、——

むねの、おくに、しずかな、ぬくもりが、こみあげて、きた。

テーブルのうえに、おかれた、こづつみ。

茶色の紙に、しろいひもが、かけられている。

はるの、すみきった、ひかりのなか、

しるふぁは、おそるおそる、ひもを、ほどいた。

なかから、ふたつの、ふうとうが、でてきた。

ひとつは、すこし、まるみのある、やさしい、ぽっこりした字。

——おばあちゃん、らしいことが、なまえを、よんだ、しゅんかんに、わかったような、きがした。

ふうとうの、おもてに、ちいさく、こう、かいて、あった。

『しるふぁへ』

しるふぁは、それを、ひらいた。

なかから、二まいの、びんせんが、でてきた。

さいしょの、いちまいは、おばあちゃんの、字。

『しるふぁへ

学えんから、しらせが、ありました。

あなたが、おおきな、たたかいをして、まだ、よく、めを、さまさない、と。

しるふぁ。

わたしは、いつも、あなたのことを、しんじています。

それから。

このてがみと、いっしょに、もういちまい、おてがみが、はいっています。

あなたが、もし、巫女のみちで、まようような、ことが、あったら——

あなたに、わたして、ください、と。

——むかし、あなたの、おかあさんが、

おばあちゃんに、あずけて、いった、ものです。

きょうが、その、ときだと、おばあちゃんは、おもいました。

つかれたら、いつでも、かえって、きてね。

おばあちゃんより』

しるふぁの、目から、ぽろり、と、なみだが、おちた。

びんせんを、ぎゅっ、と、にぎりしめた。

——『おばあちゃん』。

かおを、ぜんぶは、おもいだせない。

けれど。

この、やさしい字、と、ことば、は。

たしかに、——わたしの、おばあちゃんのもの、だ。

ふしぎなくらい、すんなりと、その、ことが、こころにおちてきた。

しるふぁは、ふるえるゆびで、ふたつ目の、ふうとうを、てにとった。

おもてに、まったくことなる字で、こう、かいてあった。

『——わたしの、たいせつな、しるふぁへ』

しるふぁは、いきをのんだ。

しるふぁは、その、ふうとうを、ながいあいだ、ながめていた。

セリア会長が、しずかに、ティナに、めくばせをした。

「ティナさん」

「——……うん。
しるふぁ、わたしたち、そとで、まってるね」

ティナは、すこし、ためらった、けれど、しるふぁのせなかを、そっと、ぽん、と、たたいて、へやを、でていった。

しるふぁは、ピコと、ふたり、になった。

ふうとうを、ひらいた。

なかから、すこし、いろあせた、なんまいかの、便箋が、でてきた。

しるふぁは、ふかく、いきを、ついた。

そして——

よみはじめた。

『——わたしの、たいせつな、しるふぁへ

このてがみを、あなたが、よむときがくる、と、おかあさんは、おもっています。

できれば、そのときが、こないことを、ねがいながら、これを、かいています。

でも、もし、あなたが、巫女のみちをえらんで、

そして、ふかく、なやんだとき。

「もう、すすめない」、と、おもうことが、あったときに——

もう、しらないほうがいい、で、ですませるわけには、いかないから。

おかあさんは、いま、しるふぁに、ほんとうのことを、つたえます。

——巫女と、いうものの、ほんとうの、すがたを。

巫女のいのりは、

ただ、ことばを、つむいでいる、わけではないの。

巫女は、じぶんの、いのち、を。

ひとしずく、ずつ。

ルミネットに、わたして、います。

なぜなら……しるふぁ、

ルミネットは、ながいあいだ、ひとびとのかなしみと、ふあんを、うけとめてきました。

そのおもさは、もう、ルミネット、ひとりでは、ささえきれないほどに、なっています。

巫女が、まいにち、まいにち、いのりながら、——

じぶんのいのちのひかりを、わたしているから。

やっと、ルミネットは、いまも、しずかに、たっていられるの。

だから、ね、しるふぁ。

代々の巫女は、たいてい、ふつうのひとよりも、すこしはやく、いのちが、つきる。

これが、巫女に課せられた、ほんとうの、つかいのめいであり、ふつうのことなの。

まだ、おさないあなたに、こんなことをいって、ごめんなさい。

おかあさんも、いま、しるふぁの、すこやかなねがおを、よこでみつめながら、これを、かいています。

あなたの、ほっぺたはあかくて、まつげ、はながくて。

——おかあさんは、あなたのねがおが、せかいで、いちばん、すき、です。

おかあさんも、おなじ、みちを、あゆんできました。

そして、おなじように、なやみました。

「わたしは、なんのために、いのっているのか?」

「これは、ただしい、ことなのか?」

——ずっと、ずっと、なやみました。

こたえは、ね、しるふぁ。

おかあさんにも、みつけられなかったの。

でも、おかあさんは、ね。

——かんがえつづけること、を、やめなかった。

なやみ、つづけて。

じぶんに、まいにち、きいて。

「ほんとうに、そうかな?」って。

そうやって、いきているあいだに、おかあさんは、——

あなたに、めぐりあえました。

そして、わかったの。

こたえなんか、なくても、いい、って。

「ほんとうに、そうかな?」と、まいにちじぶんに、きく。

——そのこと、じたいが、いきる、ことなんだ、って。

しるふぁ。

あなたが、もし、巫女のみちで、まよったら——

おかあさんの、このことばを、おぼえて、いてね。

ほんとうの、つよさは、ね。

「ぜったいに、ただしい、こたえ」を、もっている、ことじゃないの。

「こたえが、まだ、ないまま」、まっすぐに、いきていける、ことなの。

——あなたなら、きっと、だいじょうぶ。

おかあさんは、あなたの、こころを、しんじて、います。

じぶんを、しんじて。

そして、つよく、いきて、ね。

そして、——もし、あなたが、つかれて、しまったら。

おばあちゃんの、ところに、かえって。

おばあちゃんの、たまごやきを、たべて、すこし、やすんで。

それから、また、すきなところに、あるいていって、いいの。

巫女、の、しごとを。おつとめを。

あきらめてもいい。

それでも、おかあさんは、しるふぁのこと、せかいで、いちばん、すき、だから。

——もう、なんども、なんども、つたえます。

しるふぁ、だいすき。

あいしてる。

おかあさんより』

しるふぁは——

便箋を、両手で、ぎゅっ、と、にぎりしめて。

しばらく、なにも、いえなかった。

「……おかあさん」

ちいさな、つぶやき。

「……おかあさん、おかあさん、おかあさん」

しるふぁの、目から、ぽろぽろ、と、なみだが、こぼれた。

——おかあさんの、かお、を、おもいだせない。

それでも。

この、てがみの、字、が。

この、てがみの、ねつ、が。

『おかあさん』だった。

たしかに、わたしの、おかあさん、だった。

そして、ね。

——わたしが、まいばん、まいばん、「おかあさんへ」と、かいてきた、そのひとは。

ほんとうにいた、ひと、だった。

そして、そのひとは、

わたしのことを、ほんとうに、ほんとうに、すき、で、くれていた。

しるふぁは、ながいあいだ、ないた。

やがて、なみだが、すこしずつ、おだやかに、なっていき、

しるふぁは、きづいた。

——おかあさんの、てがみの、なかに。

ひとつ、ずっと、こころにひっかかることばが、あったことに。

しるふぁは、もういちど、その、ぎょうを、よみかえした。

『ルミネットは、ながいあいだ、ひとびとの、かなしみと、ふあんを、うけとめて、きました。

そのおもさは、もう、ルミネット、ひとりでは、ささえきれないほど、に、なっています』

——ひとりでは。

その、ことばを、よんだ、しゅんかん。

むねの、ペンダントが、つめたく、ふるえた。

そして、——きん色の、ひかりの、なかに。

ほんの、いっしゅんだけ、ひとつの、すがたが、うかんで、きえた。

——むらさき色の、しずんだ瞳を、した、だれか。

しるふぁ自身に、よく、にた、だれか。

その、だれかが、しずかに、ほほえんで、こう、いっていた、ような。

『わたしは、ここで、まってる』

「……だれ、だろう」

しるふぁには、その、ひとが、だれだか、わからなかった。

かおも、なまえも、おもいだせない。

けれど。

その、すがたを、おもいうかべた、とたん。

むねの、おくが、しめつけられる、ように、いたんだ。

——あの子は、ずっと、ひとりだ。

なぜ、そう、おもうのか、わからない。

でも、わかる。

あの子は、ながい、ながい、あいだ。

くらい、ふかい、ところで。

たったひとりで、ないて、いる。

——だれかの、かなしみを、ぜんぶ、せおって。

しるふぁの、目から、また、なみだが、こぼれた。

けれど、それは、さっきまでの、なみだとは、ちがった。

——おかあさんの、てがみが、おしえて、くれた。

かなしみと、ふあんを、ひとりで、せおいつづける、ことの、おもさ、を。

それを、おもうと、しるふぁは。

じっとして、いられなかった。

しるふぁは、こくり、と、うなずいた。

「うん。おかあさん」

なみだがおちた便箋を、しるふぁは、そっと、むねにだきしめた。

「——わたし、おもいだしたよ。
おかあさんが、まいばん、わたしの、ねがおを、せかいで、いちばん、すき、だって、いってくれていたこと」

「『ほんとうに、そうかな?』って、まいにち、おかあさんに、おしえられて、いたこと」

「——わたし、
おかあさんから、もらった、たいせつな、もの、ぜんぶ。
おばあちゃんからの、たまごやきの、おもさも。
ティナちゃんが、わたしてくれた、まいあさの、ポポの、しっぽも。
リヴィアさんの、つるぎの、おとも。
リュシア先輩の、ふるいゲームきの、ちいさな、ひかりも。
アリアさんの、わらいごえ、も。
ノエルさまの、しずかな、いのりも。
セリア会長の、ほそい、てのひらも。
ぜんぶ、ぜんぶ。
わすれかけて、しまったけれど」

「——ちゃんと、ここに、のこっていた、よ」

胸のまんなかを、しるふぁは、てのひらで、つよく、おさえた。

ペンダントが、しずかに、しずかに、あたたかく、ひかっていた。

きん色の、ひかりの、なかに——

ほんの、一しゅんだけ。

わかき日の、おかあさんが、わらっている、すがたがみえた。

ちいさな、しるふぁを、だきしめて。

「あなたなら、きっと、だいじょうぶ」

そう、いっている、ような、きが、した。

ピコが、ぴ、と、しずかに、たかくないた。

しるふぁのひざに、ちょこん、と、のった。

しるふぁは、ピコを、みた。

そして、ふっ、と、わらった。

「——ピコ」

「わたし。
まだ、おもいだせない。でも。
まえに、すすめる、よ」

「だって、ね、ピコ。
——おかあさんは、いって、くれている、もの。
『こたえなんか、なくても、いい』、って」

「『ほんとうに、そうかな?』を、つづけることが、いきる、ことなんだ、って」

しるふぁは、ベッドから、おりた。

ふらり、と、足が、ふるえた。

けれど、ふとんのはじを、てでおさえて、しっかりと、たちあがった。

「ピコ」

「——きょう、わたし、ふたつ、しなくちゃ、いけないことが、あるの」

しるふぁは、まどの、そとをみた。

はるの、ひかりが、まぶしかった。

「ひとつめは、
——あの、ぎん色のかみのひとに、あいに、いくこと」

「アウレリアさま、に」

「『さわがせて、ごめんなさい』、って。
それから、——『あなたは、もう、ひとりじゃ、ない』、って。
ちゃんと、いいに、いくの」

ピコが、しるふぁの、肩に、ふわり、と、とんで、のった。

ぴぃっ、と、いつもより、つよいこえで、ないた。

しるふぁは、ピコの、つばさを、そっと、なでた。

そして、すこし、こえを、ちいさくした。

「……それから、ね、ピコ。
ふたつめは、——わたしと、あなただけの、ひみつ」

しるふぁは、むねの、ペンダントに、そっと、てを、あてた。

その、おくに。

ながい、ながい、あいだ、ひとりで、ないている、だれかが、いる。

かおも、なまえも、おもいだせない、けれど。

——こころが、おぼえている、だれか。

しるふぁは、おかあさんと、おばあちゃんからの、二まいの、てがみを、たいせつに、たたんで——

むねもとに、しずかに、しまった。

そして、ベッドのよこにある、ドアのノブに、てをかけた。

ろうかから、ふいてくる、はるのかぜが、まぶしかった。

しるふぁは、ピコに、むかって、ちいさく、ささやいた。

「ピコ。
——あのね。
ルミネットの、ふかい、ふかい、ところに。
まだ、ひとりで、ないている子がいる、きがするの」

「だれだか、おもいだせない。
でも、ね。
——わたしは、あの子のこと、ぜったいに、しってる。
むねのおくが、そう、いってるの」

ピコが、肩で、ぴくっ、と、ふるえた。

しるふぁは、やさしく、わらった。

「だから、ね。
アウレリアさまに、あったら——
もういちど、ルミネットのおくへ、いかせてください、って、おねがいするの」

そして、しるふぁは。

その、ふたつめの、ねがいの、いちばんおくにある、おもいを。

はじめて、こえにして、つぶやいた。

「——もういちど、あの子に、あいにいこう」

「そして、こんどは、ね、ピコ。
——あの子を、ぜったいに、ひとりに、しない」

ぴぃ、と、ピコが、つよく、こたえた。

しるふぁの目は、もう、ぬれていなかった。

むねもとの、おかあさんの、てがみに、てをあてて、せすじを、のばす。

「……いって、きます」

ちいさな、けれど、まっすぐなこえで、つぶやいた。

ピコが、ぴ、と、こたえた。

しるふぁは、ドアをひらいて、はるの、ひかりのなかへ、いっぽ、ふみだした。

——第12話 つづく——