EPISODE 11

こえなき、なみだ。ヴォイドライトの、ぼうそう

Luminus Archive

つぎの、あさ。

しるふぁは、きのう、エレーヌさんにあった、ゆめのようなできごとを、胸にあたためたまま、学園に、むかっていた。

アウレリアさまに、もういちど、あいたい。

——きょうは、ちがうはなしかたが、できる、かもしれない。

そう、おもっていた、そのとき。

その、あさの、がくえんは、いつもの、しずけさとは、ちがっていた。

つめたく、どこか、ゆがんだような、しろい、ひかりが、さしている。

生徒たちが、まどのそとをみあげて、ざわざわと、どよめいていた。

がくえんの、たかいつりがねが、ゴーン、ゴーン、と、けたたましく、なりひびく。

そして、生徒たちの、するどいさけびごえが、あがった。

「——学園の、上層階が!」

「たいへん、理事長室が!」

しるふぁが、顔をあげると。

学園の、いちばんたかい、塔の窓から——

うっすらと、紫がかった、黒いけむりが、もれていた。

しるふぁは、息を、のんだ。

「……ヴォイドライト……!」

ピコが、しるふぁの肩で、つばさをつよく、ひろげた。

ぴぃぃっ、と、するどくないた。

「アウレリアさま……!」

しるふぁは、すぐに走りだした。

塔のなかは、ほの暗かった。

石の、うずをまいた、ほそいかいだんを、うえから紫がかった、つめたいけむりが、ながれおちてくる。

ひくい、ふるえるような、ひびきが、足もとから、せりあがってきた。

しるふぁが、塔のかいだんを、かけのぼっていると、

うしろから、ばたばたと、たくさんのあしおとが、きこえた。

「しるふぁ、まって!」

ティナの、こえ。

そのうしろに、リヴィア、リュシア先輩、アリア、ノエル、セリア会長。

「なぜ、ひとりで、いくのですか!」

リヴィアが、つるぎを、にぎって、しるふぁに、ならんだ。

「みんな……」

「わたしたちも、いきます」

ノエルが、しずかにいった。

「——ヴォイドライトの、いまのながれ………ふつうでは、ありません。
ふかい、ふかい、だれかのかなしみが、かたちをもってあふれだしています」

「——理事長の、ものです」

しるふぁの、心ぞうが、どくん、と、はねた。

「アウレリアさまの……!」

「いそぎましょう」

セリア会長が、つよく、いった。

「——ルーナさまも、すでにむかって、いらっしゃいます」

塔の、もっともたかいところ。

理事長室の、とびらが、はんぶんひらいていた。

なかから、紫と黒の、うすいきりが、しゅる、しゅる、と、もれだしてくる。

とびらのまえに、ルーナさまが、ひざをついていた。

「ルーナさま!」

ルーナさまは、しるふぁを、ふりむいた。

「しるふぁさん……
——アリアが」

ルーナさまの、こえが、ふるえていた。

「けさ、アリアが、ふるい、たからもののはこを、みていたの」

「そのなかに、ちいさな、すみれ色の、リボンが、あった」

ルーナさまの、目から、ぽろり、と、なみだが、おちた。

「……あのリボンは。
ずっと、ずっと、まえに、アリアが、たすけられなかった、ひとりの、少女のものなの」

しるふぁは、息をのんだ。

「ながいあいだ、しまっていたの。
——わすれたほうがいいと、じぶんにいいきかせて。
でも、けさ、ふいにみつけてしまって……」

ルーナさまは、くちびるを、かんだ。

「あの、きおくが——
——アリアのなかで、ぼうそうをはじめてしまった、みたい」

とびらの、はんぶんひらいた、すきま。

紫黒のきりの、おくに——

アウレリアが、ひとり、すわりこんでいた。

かみは、みだれ、ほおには、いくすじも、なみだがつたっている。

りょうてで、じぶんのむねを、ぎゅっと、つかんで。

「……なんで」

アウレリアの、こえが、くぐもって、きこえた。

「なんで、わたし、たすけられなかったの……
できたはず、なのに……」

アウレリアのまわりを、紫黒のきりが、うずをまいていた。

「わたしが、きそくを、まもったせいで……
あの子は、しんでしまった……」

しるふぁの、むねが、つぶれそうに、なった。

「……アウレリアさま……」

ノエルが、しずかに、いった。

「しるふぁさん。
これは……ただの、ヴォイドライトとは、ちがいます。
——アリアさまの、せいしんに、ちょくせつ、つながっています」

「ふれれば、しるふぁさんも、ただではすまない……かも、しれません。」

しるふぁは、こくり、とうなずいた。

「……うん」

そして、しずかに、こたえた。

「でも、いくね」

ティナが、しるふぁの手を、ぎゅっ、ととった。

「しるふぁ、むちゃ、しないで……!」

「ありがとう、ティナちゃん。
——でも、ね」

しるふぁは、ティナをみて、やさしく、わらった。

「アウレリアさまは、ずっと……ひとりで、かかえてきたの。
——もう、ひとりに、しないの」

リヴィアが、つるぎを、おろして、うなずいた。

「行きなさい、しるふぁ。
——わたしたちは、ヴォイドライトの、しんしょくを、ここでくいとめます」

アリアが、めがねを、あげた。

「がいぶのせいぎょは、わたしたちが、うけもつ。
——おまえは、アウレリアさまを、たのむ」

ルーナさまが、しるふぁの手を、ぎゅっ、とにぎった。

「しるふぁさん。
——アリアを、おねがい、します」

しるふぁは、ふかく、うなずいた。

そして、とびらの、すきまに、いっぽ、ふみだした。

へやの、なかは、いちめん、紫と、黒の、きりに、つつまれていた。

その、あいまに、ふわり、ふわり、と、ちいさな、セピアいろの、ひかりの、きれはしが、うかんで、いる。

——ふるい、きおくの、かけら。

どこかで、ふかく、かなしい、旋律がきこえた。

しるふぁが、へやに、いっぽ、ふみこんだ。

「……アウレリアさま」

アウレリアは、ゆかに、くずれていた。

しるふぁに、きづくと——

はっ、としたかおを、あげた。

けれど、その目は、すでに、うすく、紫黒に、くもって、いた。

「……しるふぁさん……
どうして、ここに」

アウレリアの、こえは、よわよわしく、ふるえて、いた。

「はいらないで、……ください。
わたしは、もう……」

しるふぁは、しずかに、くびを、よこに、ふった。

「アウレリアさま。
——わたしを、みて、ください」

しるふぁの、胸のペンダントが、しずかに、しろいひかりを、はなった。

ペンダントのひかりが、へやの紫黒のきりを、すこしずつおしもどしはじめた。

その、ひかりの、なかに——

ふるい、きおくが、うかびあがる。

ちいさな、アウレリア。

びょういんの、ベッドの、うえ。

やせた、ちいさな少女。

そのこが、ほそい、ふるえる、てで、ちいさなアウレリアのてを、にぎっている。

「アリアちゃん……あり、がとう」

ちいさなアウレリアは、泣きそうな顔で、くびを、よこに、ふった。

「ちがうの、……わたし、なにも、できてない、よ」

「ううん。
……アリアちゃんが、となりに、いてくれる、から」

「わたしは、さびしく、ない、よ」

ちいさな少女は、しずかに、ほほえんだ。

そして——

そのて、から、ちからがぬけた。

ちいさなアウレリアが、さけんだ。

「いや……いやだよ……!
あたし、おくすりも、ちゃんと、もってこれなかったし……
がくえんの、おおきなせんせい、にも、おはなし、きいてもらえなかった……
——やくに、たてなかった」

「わたし、なんて、なんのねうちも、ない……!」

ちいさなアウレリアは、よわった、友だちのまくらもとで、じぶんを、せめつづけていた。

——いまの、アウレリア。

ゆかに、うずくまり、ちいさなすみれ色のリボンを、ぎゅっと、にぎりしめていた。

「……リン、ごめんね」

アウレリアは、くぐもった、こえで、つぶやいた。

「あなたを、たすけられなかった。
もう、ずいぶん、むかしのことなのに……
——わたしは、ずっと、ここでとまった、まま」

「『もう、二どと、目のまえで、たいせつな、ものを、うしなわない』
『『ちから』で、まもるしか、ない、のだと。』
——そう、じぶんに、いいきかせて、きた。」

「でも、……ひとは、すくわれない。
いやしい、こころで、まずしさで、ぼうりょくで。
——わたしが、どれだけ、どりょくしても」

「——ずっと、むりだったのよ、しるふぁさん」

つぶやくような、アウレリアの、そのこえは、

——まるで、こころの、おくそこからの、さけびごえの、ように、きこえた。

「わたしは、しっぱい、ばかり、だった」

しるふぁの、ほおを、なみだが、つたった。

しるふぁは、しずかに、まえに、あるいた。

そして、アウレリアの、ちかくに、ひざを、ついて、すわった。

「……アウレリアさま」

「リンちゃん、という、おなまえ、でしたね」

アウレリアが、はっ、と、かおを、あげた。

「……なぜ」

「……ペンダントが、みせてくれたの」

しるふぁは、じぶんの、ペンダントを、そっと、さわった。

「アウレリアさまたちの、ほんとうに、たいせつな、きおく、を」

アウレリアは、ぽろぽろ、と、なみだを、ながして、いた。

「しるふぁさん。
あなたは、あのときのわたしのこと……おろか、だっておもうわ、きっと」

「——そう、おもったでしょう?」

しるふぁは、ゆっくりと、くびを、よこに、ふった。

「……ちがいます」

「ちいさな、アウレリアさまは、リンちゃんの、そばに、いてくれていた。
リンちゃんは、それが、うれしい、って、いってました」

「——『さびしくない』って」

アウレリアの、口が、わななく、ように、ふるえた。

「でも、わたしは——」

「アウレリアさまは、『たすけられなかった』って、おっしゃるけど」

しるふぁは、ゆっくりと、つづけた。

「リンちゃんは、——たすけられた、って、おもっていたかもしれない……です」

「あのとき、リンちゃんのてを、にぎって、となりにいてくれた、ちいさなアウレリアさまを。
リンちゃんは、ずっと、ずっと、わすれていなかった、と、おもいます」

アウレリアは、かおを、おおって、泣いた。

ずっと、ずっと、おさえこんできた、なみだ、だった。

「……しるふぁさん」

「はい」

「わたしは、ずっと、『ちからが、あれば、たすけられたはず』と、おもって、きたの」

「だから、ちから、ちから、ちから、と。
わたしは、じぶんを、せめつづけて、きたの」

「——ちがうの?」

しるふぁの目にも、なみだが、あふれていた。

「……ちがいます」

「たすけたり、たすけられたり、って、ね、アウレリアさま」

「『ちからの、あるなし』じゃ、ないと、おもいます」

「『そばに、いる』だけで、たすけられる、ことだって、ある」

「——アウレリアさまが、リンちゃんに、してあげてた、ことって……そういう、ことだと、おもいます」

アウレリアの、まわりから、紫黒のきりが、すうっ、と、うすれていく。

ペンダントのひかりが、ふわり、と、ひろがった。

アウレリアの、りょうてのちからが、ゆっくりと、ぬけた。

「……リン」

ぽつり、と、つぶやいた、そのなまえは。

ながい、ながい、あいだ、あうことのできなかった、たいせつな、たからものの、なまえ、だった。

アウレリアが、ゆっくりと、めを、とじた。

そして——

ふっ、と、ちからが、ぬけて。

しるふぁのほうに、からだが、たおれこんで、きた。

しるふぁは、りょうてで、アウレリアの、せなかを、うけとめた。

「——アウレリアさま」

へやの、紫黒の、きりが、さらに、うすれて、いく。

そのとき。

へやの、おくから。

しるふぁだけに、きこえる、ちいさな、こえが、した。

とおく、ながく、ひびく、ひくい、ふしぎな、おと、とともに。

『——しるふぁ』

しるふぁの、むねが、ずん、と、つめたくなった。

——また、あのこえ。

けれど、こんかいは、ちがった。

これまでの、ちいさな、ささやきとは。

くらべものにならない、おもさ、ふかさ、が、あった。

しるふぁのまわりに、紫黒のひかりが、すごいいきおいで、うずを、まきはじめた。

その、うずの、なかから——

しるふぁのまえに、もうひとりの、じぶんのすがた、が、あらわれた。

これまでの、うすい、まぼろしのような、かげ、ではない。

目のまえに、「ちゃんと、いる」と、わかる、たしかなすがた、だった。

ただ、その瞳は、しずかな、紫色に、しずんで、いた。

「……あなた」

しるふぁは、なぜか、おちついて、いた。

『きょうは、ちゃんと、はなしに、きた、よ。しるふぁ』

その、こえは。

しるふぁ自身の、声と、まったく、おなじだった。

けれど、すこし、つかれていて、すこし、おちついていた。

『あなたは、よく、がんばった、ね』

『リヴィアさんを、まもった。

リュシア先輩の、おじいちゃんの、きおくを、まもった。

アリアさんに、ゆめを、かたった。

ノエルさんと、ルミネットのおくへ、おりた。

そして、いま——アウレリアさまの、いちばん、ふかいところまで、てを、のばした』

もうひとりの、しるふぁが、ふっ、と、ほほえんだ。

『——もう、じゅうぶん、じゃない?』

ひくい、ピアノの音が、しずかに、ふえていく。

『あなたは、まだ、しらない、けれど。

ルミネットの、ほんとうに、ふかい、ところで。

ずっと、ずっと、まえから——

ひとの、かなしみを、ひとりで、うけとめ、つづけている、ものが、いるの』

「……え」

しるふぁの、いきが、つまった。

『それは、わたし。』

『あなたのなかの、「あきらめたくなる、こころ」、だけ、じゃ、ない。

あなたのまえにいた、ひとの、なみだ。

そのまえの、ひとの、なみだ。

そのまた、まえの、ひとの、なみだ。

——ぜんぶ、わたしが、うけとめて、ここに、いる』

『だから、あなたは、もう、これいじょう、せおわなくて、いい』

『——わたしに、まかせて、いれば、いいの』

しずかに。

やさしく。

もうひとりの、しるふぁが、両うでを、ひろげた。

『おいで、しるふぁ。

ここで、ねむって、しまえば、もう、なにも、かんがえなくて、いい』

紫色のひかりが、しるふぁの、足もとから、まいあがる。

からだから、ちからが、すうっ、と、ぬけていった。

しるふぁの、まぶたが、おもくなって、いった。

——いま、きを、うしなったら、

たぶん、わたしは。

ぜんぶ。

わすれて、しまう。

ピコの、こと、も。

ティナちゃんの、こと、も。

アウレリアさまの、こと、も。

おばあちゃんの、こと、も。

——おかあさんの、こと、も。

しるふぁは、ぎゅっ、と、こぶしを、にぎりしめた。

「……ちがう」

ちいさな、けれど、はっきりした、こえだった。

『え』

「あなたが、ほんとうに、わたしの、なかの、こころなら——
わたしの、こたえも、しってる、はず」

しるふぁは、ふらつく、ひざで、立ちあがった。

「わたしは、きのう、エレーヌさんに、あったの。
エレーヌさんも、こたえは、なかった。
セラフィーナも、こたえは、なかった。
——でも、ふたりとも、『とい、つづけた』」

『……うん』

「そのこたえなき、といを。
わたしの、ところまで、つないで、くれた、ひとが、いる」

「——だから、わたしは」

しるふぁの、目から、なみだが、ぽたり、と、おちた。

「『もっと、しりたい』、の。
『これからも、かんがえ、たい』、の。
——『あきらめ、たくない』、の」

『……しるふぁ』

もうひとりの、しるふぁの、瞳が、ふるえた。

「ここで、うけいれて、しまえば、らくだ、って、わかる。
でも、それは、わたしじゃない。
おかあさんが、まもって、くれた、いのちは、ね。
——『かんがえ、つづけるため』に、わたしに、あずけられた、いのち、なんだとおもう」

しるふぁは、まっすぐ、もうひとりの、じぶんを、みた。

「だから——
ぜったい、に、あきらめない」

しるふぁの、ペンダントから、きん色の、ひかりが、ぱっ、と、ひろがった。

ピコが、おおきく、つばさを、ひろげて、つよく、ひかる。

紫色の、ひかりと、ぶつかり、ふたつの、ひかりが、まじりあって、しろく、もえあがった。

もうひとりの、しるふぁは——

さびしそうに、ほほえんだ。

『……そうね。

あなたは、そういう子、だった、ね』

『でも、しるふぁ。

わたしと、ここで、であった、いじょう、

これまでどおり、というわけには、いかない、の』

『わたしは、ね——

ひとつの「ある、もの」、として、ルミネットに、のこって、いるの。

ふれた、いじょう、わたしは、あなたから、ぜんぶの「おもいで」を、もっていく』

「……」

しるふぁは、めを、とじて、しばらく、かんがえたあと、

——こくり、と、うなずいた。

「……うん。
それで、いい」

『……いいの?』

「わたしは、アウレリアさまを、もう、ひとりに、しないために、ここにきた。
そして、いま……もうひとりの、わたしに、このきおくを……おもいで、を、わたせば、
——あなたを、たすけること、も、できるかも、しれない。」

しるふぁは、すこし、わらってみせた。

「だいじょうぶ。
わたしの、まわりには、いっぱい、やさしい、ひとが、いるから。
——わすれても、きっと、また、おしえて、くれるよ」

『……しるふぁ』

もうひとりの、しるふぁは、しずかに、しるふぁに、てを、のばした。

『わたしは、ここで、まってる。

——もしも、いつか。

あなたが、ほんとうに、わたしを、うけいれて、くれる、なら』

『そのとき、こそ。

ちゃんと、おはなし、しましょう』

しるふぁの、ほおを、もうひとりの、じぶんの、手のひらが、そっと、つつんだ。

つめたい、けれど、ふしぎと、なつかしい、ぬくもり。

——おかあさんの、てに、すこし似ている、な、とおもった。

「……うん」

しるふぁは、めを、とじた。

しろい、ひかりが、しるふぁの、すべてを、つつんで、いく。

紫色の、ひかりは、ふわり、ふわり、と、ほどけて、ルミネットの、おくへ、しずかに、しずんで、いった。

しるふぁの、なかから——

ひとつ、ひとつ、おもいでが、きえてゆく。

ティナちゃんと、はじめて、あった、あさのこと。

リヴィアさんの、つるぎが、目のまえで、とまった、こと。

リュシア先輩の、ふるいゲームきのなかから、うまれた、ひかりを。

アリアさんに、ゆめを、ことばにした、あの日のこと。

ノエルさまと、ルミネットへおりた、つめたい、しろいいきを。

そして——

エレーヌさんが、しずかに、ほほえんでくれた、あの、いずみ。

ぜんぶ、ぜんぶ。

しるふぁの、なかから、ふわり、ふわり、と、もうひとりの、じぶんのほうへ。

ぬけて、いった。

「……ピコ」

しるふぁは、さいごに、ピコの、なまえだけを、つぶやいた。

「……いっしょに、いて、ね……」

ピコが、しるふぁの、ほおに、ぴたっ、と、すりよった。

ぴぃ、と、ちいさく、ないた。

その声は、しるふぁには、もう、よく、きこえなかった。

けれど——

胸の、おく、いちばん、ふかい、ところに。

ちいさな、ともしびのような、ぬくもり、だけが、のこった。

しるふぁの、いしきが——

すべての、ひかりの、なかに、しずんで、いった。

バタン、と、とびらが、ひらいた。

そこから、やわらかい、しろい、あかるい、ひかりが、さしこんでくる。

「——しるふぁ!」

ティナが、まっさきに、とびこんできた。

「よかった……! きり、きえたよ……!」

けれど、ティナのこえは。

とちゅうで、ぴた、と、とまった。

しるふぁは、アウレリアを、うけとめたまま——

しずかに、めをとじて、たおれていた。

リヴィアが、はっと、はしりよった。

「しるふぁ!」

アリアが、めがねを、ぬぐいながら、ちいさく、いった。

「……まったく、このばか、が……」

その声は、いつものように、すこし、わらっていた。

けれど、すぐに、いきを、のんだ。

しるふぁの、まぶたが、ひらかない。

ピコが、しるふぁのほほに、ぴたっ、と、すりよって、ぴぃ、ぴぃ、と、ないていた。

すこしずつ、こえが、ふるえて、ちいさく、なっていく。

「——しるふぁ?」

ティナの、こえが、ふるえた。

「しるふぁ、おきてよ……
しるふぁ、ねえ、しるふぁ」

ルーナさまが、しずかに、しるふぁの、ひたいに、てを、あてた。

そして、ちいさく、いきを、のんだ。

「……すべての、きおくが」

「うしなわれて、います」

ノエルが、めを、おさえた。

「……『いちぶ』では、ない、のですか」

リヴィアが、ふるえる、声で、きいた。

ルーナさまは、しずかに、くびを、ふった。

「——ぜんぶ、です」

ティナの目から、なみだが、ぼろぼろ、と、こぼれた。

「うそ……うそだ、よ、しるふぁ……
……しるふぁ……っ」

ティナは、しるふぁのひざに、かおを、おしつけて、わあっ、と、なきだした。

リヴィアが、つよく、くちびるを、かんだ。

アリアが、めがねを、はずして、てで、めを、おおった。

リュシア先輩は、しずかに、しるふぁの、てを、にぎった。

ルーナさまの、ほおにも、ぽろり、と、なみだが、つたった。

「……アリア、を、ここまで、つれて、きてくれた、しるふぁさん。
——いま、こんどは、あなたが、ひとりに、なって、しまわないように」

ルーナさまは、しるふぁの、ねむる、かおを、しずかに、みつめた。

「——わたしたちが、まもります」

しずかに、ひくく、かなしい、しらべが、ながれていた。

——第11話 つづく——