こえなき、なみだ。ヴォイドライトの、ぼうそう
Luminus Archiveつぎの、あさ。
しるふぁは、きのう、エレーヌさんにあった、ゆめのようなできごとを、胸にあたためたまま、学園に、むかっていた。
アウレリアさまに、もういちど、あいたい。
——きょうは、ちがうはなしかたが、できる、かもしれない。
そう、おもっていた、そのとき。
その、あさの、がくえんは、いつもの、しずけさとは、ちがっていた。
つめたく、どこか、ゆがんだような、しろい、ひかりが、さしている。
生徒たちが、まどのそとをみあげて、ざわざわと、どよめいていた。
がくえんの、たかいつりがねが、ゴーン、ゴーン、と、けたたましく、なりひびく。
そして、生徒たちの、するどいさけびごえが、あがった。
「——学園の、上層階が!」
「たいへん、理事長室が!」
しるふぁが、顔をあげると。
学園の、いちばんたかい、塔の窓から——
うっすらと、紫がかった、黒いけむりが、もれていた。
しるふぁは、息を、のんだ。
「……ヴォイドライト……!」
ピコが、しるふぁの肩で、つばさをつよく、ひろげた。
ぴぃぃっ、と、するどくないた。
「アウレリアさま……!」
しるふぁは、すぐに走りだした。
塔のなかは、ほの暗かった。
石の、うずをまいた、ほそいかいだんを、うえから紫がかった、つめたいけむりが、ながれおちてくる。
ひくい、ふるえるような、ひびきが、足もとから、せりあがってきた。
しるふぁが、塔のかいだんを、かけのぼっていると、
うしろから、ばたばたと、たくさんのあしおとが、きこえた。
「しるふぁ、まって!」
ティナの、こえ。
そのうしろに、リヴィア、リュシア先輩、アリア、ノエル、セリア会長。
「なぜ、ひとりで、いくのですか!」
リヴィアが、つるぎを、にぎって、しるふぁに、ならんだ。
「みんな……」
「わたしたちも、いきます」
ノエルが、しずかにいった。
「——ヴォイドライトの、いまのながれ………ふつうでは、ありません。
ふかい、ふかい、だれかのかなしみが、かたちをもってあふれだしています」
「——理事長の、ものです」
しるふぁの、心ぞうが、どくん、と、はねた。
「アウレリアさまの……!」
「いそぎましょう」
セリア会長が、つよく、いった。
「——ルーナさまも、すでにむかって、いらっしゃいます」
塔の、もっともたかいところ。
理事長室の、とびらが、はんぶんひらいていた。
なかから、紫と黒の、うすいきりが、しゅる、しゅる、と、もれだしてくる。
とびらのまえに、ルーナさまが、ひざをついていた。
「ルーナさま!」
ルーナさまは、しるふぁを、ふりむいた。
「しるふぁさん……
——アリアが」
ルーナさまの、こえが、ふるえていた。
「けさ、アリアが、ふるい、たからもののはこを、みていたの」
「そのなかに、ちいさな、すみれ色の、リボンが、あった」
ルーナさまの、目から、ぽろり、と、なみだが、おちた。
「……あのリボンは。
ずっと、ずっと、まえに、アリアが、たすけられなかった、ひとりの、少女のものなの」
しるふぁは、息をのんだ。
「ながいあいだ、しまっていたの。
——わすれたほうがいいと、じぶんにいいきかせて。
でも、けさ、ふいにみつけてしまって……」
ルーナさまは、くちびるを、かんだ。
「あの、きおくが——
——アリアのなかで、ぼうそうをはじめてしまった、みたい」
とびらの、はんぶんひらいた、すきま。
紫黒のきりの、おくに——
アウレリアが、ひとり、すわりこんでいた。
かみは、みだれ、ほおには、いくすじも、なみだがつたっている。
りょうてで、じぶんのむねを、ぎゅっと、つかんで。
「……なんで」
アウレリアの、こえが、くぐもって、きこえた。
「なんで、わたし、たすけられなかったの……
できたはず、なのに……」
アウレリアのまわりを、紫黒のきりが、うずをまいていた。
「わたしが、きそくを、まもったせいで……
あの子は、しんでしまった……」
しるふぁの、むねが、つぶれそうに、なった。
「……アウレリアさま……」
ノエルが、しずかに、いった。
「しるふぁさん。
これは……ただの、ヴォイドライトとは、ちがいます。
——アリアさまの、せいしんに、ちょくせつ、つながっています」
「ふれれば、しるふぁさんも、ただではすまない……かも、しれません。」
しるふぁは、こくり、とうなずいた。
「……うん」
そして、しずかに、こたえた。
「でも、いくね」
ティナが、しるふぁの手を、ぎゅっ、ととった。
「しるふぁ、むちゃ、しないで……!」
「ありがとう、ティナちゃん。
——でも、ね」
しるふぁは、ティナをみて、やさしく、わらった。
「アウレリアさまは、ずっと……ひとりで、かかえてきたの。
——もう、ひとりに、しないの」
リヴィアが、つるぎを、おろして、うなずいた。
「行きなさい、しるふぁ。
——わたしたちは、ヴォイドライトの、しんしょくを、ここでくいとめます」
アリアが、めがねを、あげた。
「がいぶのせいぎょは、わたしたちが、うけもつ。
——おまえは、アウレリアさまを、たのむ」
ルーナさまが、しるふぁの手を、ぎゅっ、とにぎった。
「しるふぁさん。
——アリアを、おねがい、します」
しるふぁは、ふかく、うなずいた。
そして、とびらの、すきまに、いっぽ、ふみだした。
へやの、なかは、いちめん、紫と、黒の、きりに、つつまれていた。
その、あいまに、ふわり、ふわり、と、ちいさな、セピアいろの、ひかりの、きれはしが、うかんで、いる。
——ふるい、きおくの、かけら。
どこかで、ふかく、かなしい、旋律がきこえた。
しるふぁが、へやに、いっぽ、ふみこんだ。
「……アウレリアさま」
アウレリアは、ゆかに、くずれていた。
しるふぁに、きづくと——
はっ、としたかおを、あげた。
けれど、その目は、すでに、うすく、紫黒に、くもって、いた。
「……しるふぁさん……
どうして、ここに」
アウレリアの、こえは、よわよわしく、ふるえて、いた。
「はいらないで、……ください。
わたしは、もう……」
しるふぁは、しずかに、くびを、よこに、ふった。
「アウレリアさま。
——わたしを、みて、ください」
しるふぁの、胸のペンダントが、しずかに、しろいひかりを、はなった。
ペンダントのひかりが、へやの紫黒のきりを、すこしずつおしもどしはじめた。
その、ひかりの、なかに——
ふるい、きおくが、うかびあがる。
ちいさな、アウレリア。
びょういんの、ベッドの、うえ。
やせた、ちいさな少女。
そのこが、ほそい、ふるえる、てで、ちいさなアウレリアのてを、にぎっている。
「アリアちゃん……あり、がとう」
ちいさなアウレリアは、泣きそうな顔で、くびを、よこに、ふった。
「ちがうの、……わたし、なにも、できてない、よ」
「ううん。
……アリアちゃんが、となりに、いてくれる、から」
「わたしは、さびしく、ない、よ」
ちいさな少女は、しずかに、ほほえんだ。
そして——
そのて、から、ちからがぬけた。
ちいさなアウレリアが、さけんだ。
「いや……いやだよ……!
あたし、おくすりも、ちゃんと、もってこれなかったし……
がくえんの、おおきなせんせい、にも、おはなし、きいてもらえなかった……
——やくに、たてなかった」
「わたし、なんて、なんのねうちも、ない……!」
ちいさなアウレリアは、よわった、友だちのまくらもとで、じぶんを、せめつづけていた。
——いまの、アウレリア。
ゆかに、うずくまり、ちいさなすみれ色のリボンを、ぎゅっと、にぎりしめていた。
「……リン、ごめんね」
アウレリアは、くぐもった、こえで、つぶやいた。
「あなたを、たすけられなかった。
もう、ずいぶん、むかしのことなのに……
——わたしは、ずっと、ここでとまった、まま」
「『もう、二どと、目のまえで、たいせつな、ものを、うしなわない』
『『ちから』で、まもるしか、ない、のだと。』
——そう、じぶんに、いいきかせて、きた。」
「でも、……ひとは、すくわれない。
いやしい、こころで、まずしさで、ぼうりょくで。
——わたしが、どれだけ、どりょくしても」
「——ずっと、むりだったのよ、しるふぁさん」
つぶやくような、アウレリアの、そのこえは、
——まるで、こころの、おくそこからの、さけびごえの、ように、きこえた。
「わたしは、しっぱい、ばかり、だった」
しるふぁの、ほおを、なみだが、つたった。
しるふぁは、しずかに、まえに、あるいた。
そして、アウレリアの、ちかくに、ひざを、ついて、すわった。
「……アウレリアさま」
「リンちゃん、という、おなまえ、でしたね」
アウレリアが、はっ、と、かおを、あげた。
「……なぜ」
「……ペンダントが、みせてくれたの」
しるふぁは、じぶんの、ペンダントを、そっと、さわった。
「アウレリアさまたちの、ほんとうに、たいせつな、きおく、を」
アウレリアは、ぽろぽろ、と、なみだを、ながして、いた。
「しるふぁさん。
あなたは、あのときのわたしのこと……おろか、だっておもうわ、きっと」
「——そう、おもったでしょう?」
しるふぁは、ゆっくりと、くびを、よこに、ふった。
「……ちがいます」
「ちいさな、アウレリアさまは、リンちゃんの、そばに、いてくれていた。
リンちゃんは、それが、うれしい、って、いってました」
「——『さびしくない』って」
アウレリアの、口が、わななく、ように、ふるえた。
「でも、わたしは——」
「アウレリアさまは、『たすけられなかった』って、おっしゃるけど」
しるふぁは、ゆっくりと、つづけた。
「リンちゃんは、——たすけられた、って、おもっていたかもしれない……です」
「あのとき、リンちゃんのてを、にぎって、となりにいてくれた、ちいさなアウレリアさまを。
リンちゃんは、ずっと、ずっと、わすれていなかった、と、おもいます」
アウレリアは、かおを、おおって、泣いた。
ずっと、ずっと、おさえこんできた、なみだ、だった。
「……しるふぁさん」
「はい」
「わたしは、ずっと、『ちからが、あれば、たすけられたはず』と、おもって、きたの」
「だから、ちから、ちから、ちから、と。
わたしは、じぶんを、せめつづけて、きたの」
「——ちがうの?」
しるふぁの目にも、なみだが、あふれていた。
「……ちがいます」
「たすけたり、たすけられたり、って、ね、アウレリアさま」
「『ちからの、あるなし』じゃ、ないと、おもいます」
「『そばに、いる』だけで、たすけられる、ことだって、ある」
「——アウレリアさまが、リンちゃんに、してあげてた、ことって……そういう、ことだと、おもいます」
アウレリアの、まわりから、紫黒のきりが、すうっ、と、うすれていく。
ペンダントのひかりが、ふわり、と、ひろがった。
アウレリアの、りょうてのちからが、ゆっくりと、ぬけた。
「……リン」
ぽつり、と、つぶやいた、そのなまえは。
ながい、ながい、あいだ、あうことのできなかった、たいせつな、たからものの、なまえ、だった。
アウレリアが、ゆっくりと、めを、とじた。
そして——
ふっ、と、ちからが、ぬけて。
しるふぁのほうに、からだが、たおれこんで、きた。
しるふぁは、りょうてで、アウレリアの、せなかを、うけとめた。
「——アウレリアさま」
へやの、紫黒の、きりが、さらに、うすれて、いく。
そのとき。
へやの、おくから。
しるふぁだけに、きこえる、ちいさな、こえが、した。
とおく、ながく、ひびく、ひくい、ふしぎな、おと、とともに。
『——しるふぁ』
しるふぁの、むねが、ずん、と、つめたくなった。
——また、あのこえ。
けれど、こんかいは、ちがった。
これまでの、ちいさな、ささやきとは。
くらべものにならない、おもさ、ふかさ、が、あった。
しるふぁのまわりに、紫黒のひかりが、すごいいきおいで、うずを、まきはじめた。
その、うずの、なかから——
しるふぁのまえに、もうひとりの、じぶんのすがた、が、あらわれた。
これまでの、うすい、まぼろしのような、かげ、ではない。
目のまえに、「ちゃんと、いる」と、わかる、たしかなすがた、だった。
ただ、その瞳は、しずかな、紫色に、しずんで、いた。
「……あなた」
しるふぁは、なぜか、おちついて、いた。
『きょうは、ちゃんと、はなしに、きた、よ。しるふぁ』
その、こえは。
しるふぁ自身の、声と、まったく、おなじだった。
けれど、すこし、つかれていて、すこし、おちついていた。
『あなたは、よく、がんばった、ね』
『リヴィアさんを、まもった。
リュシア先輩の、おじいちゃんの、きおくを、まもった。
アリアさんに、ゆめを、かたった。
ノエルさんと、ルミネットのおくへ、おりた。
そして、いま——アウレリアさまの、いちばん、ふかいところまで、てを、のばした』
もうひとりの、しるふぁが、ふっ、と、ほほえんだ。
『——もう、じゅうぶん、じゃない?』
ひくい、ピアノの音が、しずかに、ふえていく。
『あなたは、まだ、しらない、けれど。
ルミネットの、ほんとうに、ふかい、ところで。
ずっと、ずっと、まえから——
ひとの、かなしみを、ひとりで、うけとめ、つづけている、ものが、いるの』
「……え」
しるふぁの、いきが、つまった。
『それは、わたし。』
『あなたのなかの、「あきらめたくなる、こころ」、だけ、じゃ、ない。
あなたのまえにいた、ひとの、なみだ。
そのまえの、ひとの、なみだ。
そのまた、まえの、ひとの、なみだ。
——ぜんぶ、わたしが、うけとめて、ここに、いる』
『だから、あなたは、もう、これいじょう、せおわなくて、いい』
『——わたしに、まかせて、いれば、いいの』
しずかに。
やさしく。
もうひとりの、しるふぁが、両うでを、ひろげた。
『おいで、しるふぁ。
ここで、ねむって、しまえば、もう、なにも、かんがえなくて、いい』
紫色のひかりが、しるふぁの、足もとから、まいあがる。
からだから、ちからが、すうっ、と、ぬけていった。
しるふぁの、まぶたが、おもくなって、いった。
——いま、きを、うしなったら、
たぶん、わたしは。
ぜんぶ。
わすれて、しまう。
ピコの、こと、も。
ティナちゃんの、こと、も。
アウレリアさまの、こと、も。
おばあちゃんの、こと、も。
——おかあさんの、こと、も。
しるふぁは、ぎゅっ、と、こぶしを、にぎりしめた。
「……ちがう」
ちいさな、けれど、はっきりした、こえだった。
『え』
「あなたが、ほんとうに、わたしの、なかの、こころなら——
わたしの、こたえも、しってる、はず」
しるふぁは、ふらつく、ひざで、立ちあがった。
「わたしは、きのう、エレーヌさんに、あったの。
エレーヌさんも、こたえは、なかった。
セラフィーナも、こたえは、なかった。
——でも、ふたりとも、『とい、つづけた』」
『……うん』
「そのこたえなき、といを。
わたしの、ところまで、つないで、くれた、ひとが、いる」
「——だから、わたしは」
しるふぁの、目から、なみだが、ぽたり、と、おちた。
「『もっと、しりたい』、の。
『これからも、かんがえ、たい』、の。
——『あきらめ、たくない』、の」
『……しるふぁ』
もうひとりの、しるふぁの、瞳が、ふるえた。
「ここで、うけいれて、しまえば、らくだ、って、わかる。
でも、それは、わたしじゃない。
おかあさんが、まもって、くれた、いのちは、ね。
——『かんがえ、つづけるため』に、わたしに、あずけられた、いのち、なんだとおもう」
しるふぁは、まっすぐ、もうひとりの、じぶんを、みた。
「だから——
ぜったい、に、あきらめない」
しるふぁの、ペンダントから、きん色の、ひかりが、ぱっ、と、ひろがった。
ピコが、おおきく、つばさを、ひろげて、つよく、ひかる。
紫色の、ひかりと、ぶつかり、ふたつの、ひかりが、まじりあって、しろく、もえあがった。
もうひとりの、しるふぁは——
さびしそうに、ほほえんだ。
『……そうね。
あなたは、そういう子、だった、ね』
『でも、しるふぁ。
わたしと、ここで、であった、いじょう、
これまでどおり、というわけには、いかない、の』
『わたしは、ね——
ひとつの「ある、もの」、として、ルミネットに、のこって、いるの。
ふれた、いじょう、わたしは、あなたから、ぜんぶの「おもいで」を、もっていく』
「……」
しるふぁは、めを、とじて、しばらく、かんがえたあと、
——こくり、と、うなずいた。
「……うん。
それで、いい」
『……いいの?』
「わたしは、アウレリアさまを、もう、ひとりに、しないために、ここにきた。
そして、いま……もうひとりの、わたしに、このきおくを……おもいで、を、わたせば、
——あなたを、たすけること、も、できるかも、しれない。」
しるふぁは、すこし、わらってみせた。
「だいじょうぶ。
わたしの、まわりには、いっぱい、やさしい、ひとが、いるから。
——わすれても、きっと、また、おしえて、くれるよ」
『……しるふぁ』
もうひとりの、しるふぁは、しずかに、しるふぁに、てを、のばした。
『わたしは、ここで、まってる。
——もしも、いつか。
あなたが、ほんとうに、わたしを、うけいれて、くれる、なら』
『そのとき、こそ。
ちゃんと、おはなし、しましょう』
しるふぁの、ほおを、もうひとりの、じぶんの、手のひらが、そっと、つつんだ。
つめたい、けれど、ふしぎと、なつかしい、ぬくもり。
——おかあさんの、てに、すこし似ている、な、とおもった。
「……うん」
しるふぁは、めを、とじた。
しろい、ひかりが、しるふぁの、すべてを、つつんで、いく。
紫色の、ひかりは、ふわり、ふわり、と、ほどけて、ルミネットの、おくへ、しずかに、しずんで、いった。
しるふぁの、なかから——
ひとつ、ひとつ、おもいでが、きえてゆく。
ティナちゃんと、はじめて、あった、あさのこと。
リヴィアさんの、つるぎが、目のまえで、とまった、こと。
リュシア先輩の、ふるいゲームきのなかから、うまれた、ひかりを。
アリアさんに、ゆめを、ことばにした、あの日のこと。
ノエルさまと、ルミネットへおりた、つめたい、しろいいきを。
そして——
エレーヌさんが、しずかに、ほほえんでくれた、あの、いずみ。
ぜんぶ、ぜんぶ。
しるふぁの、なかから、ふわり、ふわり、と、もうひとりの、じぶんのほうへ。
ぬけて、いった。
「……ピコ」
しるふぁは、さいごに、ピコの、なまえだけを、つぶやいた。
「……いっしょに、いて、ね……」
ピコが、しるふぁの、ほおに、ぴたっ、と、すりよった。
ぴぃ、と、ちいさく、ないた。
その声は、しるふぁには、もう、よく、きこえなかった。
けれど——
胸の、おく、いちばん、ふかい、ところに。
ちいさな、ともしびのような、ぬくもり、だけが、のこった。
しるふぁの、いしきが——
すべての、ひかりの、なかに、しずんで、いった。
バタン、と、とびらが、ひらいた。
そこから、やわらかい、しろい、あかるい、ひかりが、さしこんでくる。
「——しるふぁ!」
ティナが、まっさきに、とびこんできた。
「よかった……! きり、きえたよ……!」
けれど、ティナのこえは。
とちゅうで、ぴた、と、とまった。
しるふぁは、アウレリアを、うけとめたまま——
しずかに、めをとじて、たおれていた。
リヴィアが、はっと、はしりよった。
「しるふぁ!」
アリアが、めがねを、ぬぐいながら、ちいさく、いった。
「……まったく、このばか、が……」
その声は、いつものように、すこし、わらっていた。
けれど、すぐに、いきを、のんだ。
しるふぁの、まぶたが、ひらかない。
ピコが、しるふぁのほほに、ぴたっ、と、すりよって、ぴぃ、ぴぃ、と、ないていた。
すこしずつ、こえが、ふるえて、ちいさく、なっていく。
「——しるふぁ?」
ティナの、こえが、ふるえた。
「しるふぁ、おきてよ……
しるふぁ、ねえ、しるふぁ」
ルーナさまが、しずかに、しるふぁの、ひたいに、てを、あてた。
そして、ちいさく、いきを、のんだ。
「……すべての、きおくが」
「うしなわれて、います」
ノエルが、めを、おさえた。
「……『いちぶ』では、ない、のですか」
リヴィアが、ふるえる、声で、きいた。
ルーナさまは、しずかに、くびを、ふった。
「——ぜんぶ、です」
ティナの目から、なみだが、ぼろぼろ、と、こぼれた。
「うそ……うそだ、よ、しるふぁ……
……しるふぁ……っ」
ティナは、しるふぁのひざに、かおを、おしつけて、わあっ、と、なきだした。
リヴィアが、つよく、くちびるを、かんだ。
アリアが、めがねを、はずして、てで、めを、おおった。
リュシア先輩は、しずかに、しるふぁの、てを、にぎった。
ルーナさまの、ほおにも、ぽろり、と、なみだが、つたった。
「……アリア、を、ここまで、つれて、きてくれた、しるふぁさん。
——いま、こんどは、あなたが、ひとりに、なって、しまわないように」
ルーナさまは、しるふぁの、ねむる、かおを、しずかに、みつめた。
「——わたしたちが、まもります」
しずかに、ひくく、かなしい、しらべが、ながれていた。
——第11話 つづく——