ルミネットが、みせた、とおい、はじまりの、きおく
Luminus Archiveよふけの、寮の、へや。
ランプが、うすく、ともっている。
ベッドのよこでは、ピコが、つばさをひろげて、しずかにあたたかく、ひかっていた。
かべの、古い時計だけが、ちくたく、ちくたく、と、ないている。
アウレリアさまと、ルーナさまに、あった、あの日から。
すでに、さんにち、たって、いた。
しるふぁは——
まいばん、日記を、ひらいては、ペンを、もったまま、とまって、しまった。
アウレリアさまの、ことばが、ずっと、むねに、のこっている。
『——だれもが、めざせる、というのは。
じつは、ひとを、いちばん、きずつける、ことばでも、あるのですよ』
(……本当に、そうかな?)
しるふぁは、こころのなかで、いく度も、いく度も、じぶんに、きいた。
「あまい」と、いわれた。
でも、「ちがう」とも、おもえなかった。
けれど、「そのとおりです」とも、おもえなかった。
こたえが、でない。
——それが、くるしかった。
ちりん、と、ちいさな、音が、した。
ペンダントが、ひとりでに、ないたのだ。
しるふぁは、むねもとに、そっと、手を、あてた。
——ペンダントが。
ちかごろ、ときどき、じぶんで、かってに、なるのだった。
そして、ふしぎなことに。
なる、たびに——
なんだか、よんでいるひとが、いるような、気がした。
とつぜん、まどのそとで、かぜが、ひゅう、とうなった。
ランプの、ほのおが、ゆらりと、ゆれる。
しるふぁの、ペンダントが、つよく、しろく、ひかりはじめた。
ひかりの粒が、ふわり、ふわり、と、まわりに、うかんでいく。
「……え」
しるふぁは、はっ、とした。
ピコが、ぱっ、と、つばさを、ひろげた。
ペンダントのひかりが、ベッドの、あたりを、すっぽりと、つつんでいった。
「ピコ……これ……」
ぴぃっ、と、ピコが、ないた。
——だいじょうぶ、だよ。
どこかで、しろいハープの音が、ひとつ、しずかに、鳴ったきがした。
しるふぁの、からだから、ちからが、ぬけていく。
すこし、おどろいた。
けれど——ふしぎと、こわくは、なかった。
まるで、しずかで、おおきな、うみの、なかに、そっと、しずんでいくような。
しるふぁの、ねむりの、そこの、そこへ——
しばらくして、しるふぁが、目を、あけると
そこは——
しらない、ばしょ、だった。
石づくりの、まだ、あたらしい、ちいさな、むら。
ひとびとは、そぼくな、ぬのの、ころもを、まとっている。
そらは、たかく、すみきっていた。
けれど——あさのひかりは、どこか、よわよわしくて
ひとびとの、かおは、みんな、くらくしずみ、やせこけていた。
こどもの、すがたも、すくない。
すぐに、わかった。
(ここは、ずっと、むかしの、せかい)
空気が、ちがう。
ひとびとの、ふくも、ちがう。
せかいが、どこか、さびしそうに、している。
かぜの音に、ひとびとの、かすかな、せきが、まじってきこえる。
しるふぁは、じぶんの、手を、見た。
——かすかに、すきとおっている。
ふれようと、おもっても。
どこかを、とおりぬけてしまいそうな、手。
「……わたし、ここにいるようで、いない、んだ」
ピコは——
となりに、いた。
でも、ピコも、やっぱり、すこし、すきとおっている。
「ピコ。わたしたち、どうやら、『みているだけ』、みたい」
ぴぃっ、と、ピコが、こたえた。
むらの、まんなかに、ひとりの、少女が、いた。
ほっそりとした、ほそい、からだ。
ながい、あかちゃいろのかみを、うしろでひとつにたばねている。
やせこけた、ひとびとを、しんぱいそうに、見つめていた。
しるふぁは、はっ、と、した。
その少女の、かおに——どこか、みおぼえがある、ような気がした。
「あのこ、どこかで……」
すると、少女が——
どこからか、みずを、くんできて。
せきこんでいる、おばあさんに、そっと、のませていた。
「——大丈夫?」
少女の、こえ。
やさしい、すみきった、こえ、だった。
「ありがとう、エレーヌ」
おばあさんが、よわよわしく、ほほえんだ。
(エレーヌ……?)
しるふぁは、そのなまえを、こころのなかで、くりかえした。
——そして、はっ、として、リュシア先輩が、資料館で、みせてくれた、ふるい巻物のことを、おもいだした。
——『しょだいの、巫女、エレーヌ』。
「……このひとが、はじまりのひと、なんだ」
しるふぁは、息を、のんだ。
むらの、はずれ。
ちいさな、石の、いずみ。
まわりには、ほそい、しろい、花が、さいていた。
いずみの、ふちに、エレーヌが、ひとりで、すわっている。
みずに、うつる、じぶんの、かおを、つらそうに、みつめて。
みずが、ぴちゃん、と、ちいさく、ゆれた。
しるふぁは、エレーヌの、すぐ、うしろに立った。
けれど、エレーヌは、しるふぁには、きづかない。
ただ、じぶんの、かおを、みずに、うつして——
ぽつり、と、つぶやいた。
「わたしに、できること、なんて……ない」
エレーヌの目には、なみだが、ういていた。
「みんな、びょうきで。
たべるものも、ない。
——わたしが、みずを、くんでも。
手を、にぎっても。
——なにも、かわらない」
しるふぁは、ちいさく、くちびるを、かんだ。
(……まるで、わたしと、おなじことを、いってる)
そう、おもった。
エレーヌは、りょうての、てのひらに、かおを、うずめて、ちいさく、なきはじめた。
ちいさな、しゃっくりのような、なきごえが、もれる。
すると——
そのとき。
いずみの、しろい、しろい、水面に。
ふわり、ふわり、と、ちいさな、ひかりの粒が、うかびはじめた。
「……え」
エレーヌが、かおを、あげた。
ひかりの粒は、ひとつ、ふたつ、みっつ——
やがて、ひとつの、ちいさな、かたちに、まとまって、いった。
ちいさな、ちいさな、しろいとりのような、姿に、なった。
ぴぃ、と、ちいさく、ないた。
——ピコと、おなじ、こえだった。
しるふぁの、むねが、どくん、と、はねた。
(……え)
エレーヌは、ぽろぽろと、なみだを、ながしながら、おそるおそる、手を、のばした。
ちいさな、ひかりの、とりは。
——エレーヌの、ゆびさきに、そっと、とまった。
「……あなた、」
「……どこから、きたの?」
ちいさな、ひかりの、とりは、エレーヌのほほに、ほほをよせた。
エレーヌの、目が、おおきく、ひらかれた。
「……あなたが、きて、くれたのは。
——わたしが、なみだを、ながしても。
……それでも、できることをやりたい、っておもっている、から?」
ちいさなルミは、こくり、とうなずいた。
それを、みまもる、しるふぁの、ペンダントが。
エレーヌの、まわりのひかりと、そっと、ひびきあう。
しるふぁは——
じぶんの、むねに、手をあてた。
「……ピコ」
「あなたたちは、こうやって、きてくれたんだね。
——『なきたくなる』くらい、それでも、あきらめなかった、ひとのところに」
ピコは、しるふぁのほほに、そっと、すりよった。
そのぬくもりが、いつもより、ずっと、ずっと、ふかく、かんじた。
おなじ、むらの、夜。
星空の、した。
エレーヌが、ちいさな、ひかりの、とりと、ふたりで、すわっている。
いずみの、ちかく。
石のうえに、むらの、こどもたちが、そっと、ちかづいて、きていた。
しるふぁは、それを、じっと、みていた。
しばらくして、こどもたちのまわりに、
ひとつずつ、ちいさなひかりが、うまれはじめる。
どこからか、こどもたちの、ちいさなわらいごえが、ひびいた。
ちいさな、ちいさなルミたち。
そして——
エレーヌの、手のひらから、ちかくの、いずみのうえで。
おおきな、ひかりのたまが、ぽっ、と、うまれた。
くるくる、と、まわって——
そのひかりは、やがて、ちいさな「コア」に、かたまっていった。
ひかりの、はじまりの、コア。
——さいしょの、LumenCore、だった。
しるふぁは、息を、のんだ。
(——ここから、ぜんぶ、はじまったんだ)
(ルミと、ひとの、であいが。
つらい、くるしい、せかいの、なかで。
——それでも、あきらめなかった、ひとりのおんなの子と、ルミとの、であいから)
しるふぁのほほに、ちょん、と、ピコのはねがふれた。
まるで——
『わたしも、そのときから、ずっと、ここに、いるよ』と、いうように。
しるふぁのまわりが、すうっ、と、とおくなる。
エレーヌの、すがたが、だんだん、ちいさくなっていく。
けれど、さいごに——
エレーヌが、ぱっ、と、ふりかえって、まっすぐ、しるふぁのほうをみた。
「……え」
しるふぁは、おどろいた。
——みえないはずの、はずなのに。
エレーヌが、ゆっくりと、くちを、うごかした。
こえは、きこえなかった。
でも——
そのかたちが、しるふぁには、わかった。
『あきらめないで、ね』
しるふぁは、胸が、いっぱいに、なった。
「……はい」
しるふぁも、ちいさく、うなずいた。
そして、エレーヌが、ふっ、と——
ほほえんだ。
そのあとで、いそがしく、つけ加えるように。
『——でもね』
『こたえは、わたしにも、なかったの』
『だから、わたしは、じぶんに、ずっと、きいていたの』
『「ほんとうに、そうかな?」って』
しるふぁの、むねの、いちばん、おくが、じんわりと、あつく、なった。
エレーヌの、すがたが、ひかりに、とけていく。
さいごに、もう、ひとこと。
『ずっと、ずっと、さきの、せかいで。
——わたしの、問いを、ひきついで、くれる、ひとが。
きっと、あらわれるって、しんじてる』
エレーヌの、すがた、は。
やがて、すっかり、ひかりに、とけた。
ルミネットの、しずかで、はるかに、ふかい、ばしょ。
しろい、うすい、ひかりの、つゆの、なか。
しるふぁだけが、ふわりと、うかんでいた。
どこかで、ちいさな、すずの音が、した気がした。
『——どう、でしたか』
こえが、きこえた。
しるふぁは、ふりむいた。
そこに——
うすい、すがたが、あった。
ちいさな、少女の、すがた。
「……あなた、は」
『——わたしは。
この、ルミネットが、うみだした、いしき。
あなたに、「エレーヌの、はじまり」を、みせました』
しるふぁは、まだ、なみだが、とまらなかった。
「……ありがとう、ございます」
「わたし……
エレーヌさんが、ちょっと、なきたくなる、くらい……
じぶんと、おなじことを、かんじていた、って、わかりました」
『はい』
『ルミネットは、ながい、ながいあいだ、ひとびとの、ふしんを、うけとめてきました。
——セラフィーナも、ちからで、それを、ふうじようとして、しっぱい、されました』
『いまの、せかいは、まだ、ふしんが、おおきい。
——ヴォイドライトは、ふえつづけて、います』
しるふぁは、うなずいた。
『あなたに、みせたかったのは——
「こたえ、は、いまも、ないままだ」ということ、です。
エレーヌにも、こたえは、なかった。
セラフィーナにも、こたえは、なかった。
——そして、あなたにも、まだ、こたえは、ない、かもしれません』
しるふぁは、ぎゅっ、と、くちびるを、かんだ。
『——それでも、ね。
問いつづけてきた、「こころ」が、つぎに、つなげてきたのです』
『エレーヌから、セラフィーナへ。
セラフィーナから、あなたへ。
——あなたが、ここに、いるのは、ぐうぜん、ではありません』
しるふぁのなみだが、ぽろ、ぽろ、とあふれた。
『しるふぁ』
『あなたの、こたえは、かならずしも、エレーヌと、おなじで、なくてもいいのです』
『セラフィーナとも、ちがって、いい』
『あなたは、あなたの、こたえを、さがせばいい』
『ただ、——問いつづけることだけは、やめないでくださいね』
しるふぁは、こくり、と、ふかく、うなずいた。
「はい」
「わたし、さがしつづけます。
エレーヌさんも、セラフィーナ…おかあさんも、やめなかった、この『問いを、たいせつにするこころ』を。わたしも、ぜったい、あきらめません」
ちいさい少女が、ふわり、とほほえんだ。
『——では。
もどりなさい。
あなたの、せかいへ』
「……はっ」
しるふぁが、目をひらいた。
じぶんの、ベッドのうえ。
窓のそとは、まだ、よる。
ランプは、ちいさく、ともっていた。
ピコが、となりで、しるふぁのかおを、のぞきこんでいた。
ぴぃ、と、ちいさくないた。
「……ピコ。
いまの、ほんとうに、あった……こと、なんだよね」
ピコが、こくん、と、うなずいた。
しるふぁは、りょうてで、かおを、おさえた。
なみだが、まだ、とまらなかった。
「エレーヌさん……」
「むかしの、ひとなのに。
——なんだか、すごく、ちかくにかんじた」
しるふぁは、ゆっくりと、からだを、おこした。
机のうえの、日記を、そっと、ひらいた。
ペンを、にぎった。
このさんにち、ずっと、とまっていた、ペンが——
すうっ、と、うごきはじめた。
「おかあさんへ。
きょう、ずっと、ずっと、むかしの、『はじまりの、ひと』に、あいました。
しょだいの巫女、エレーヌさん。
エレーヌさんも、ね。
おかあさんと、おなじで、こたえは、みつけられなかったんだって。
わたしと、おんなじで、なきそうに、なりながら、『それでも、やりたい』って、おもってた、ひと。
——そしたら、ちいさな、ひかりの、とりが、あらわれて。
ルミが、うまれたの。
ねえ、おかあさん。
——わたし、なんだか、わかった、気が、するの。
『こたえが、ある』から、つよいんじゃ、ない。
『こたえがなくても、といつづける』のが、つよさ、なんだって」
むねの、ペンダントが、しずかに、きんいろに、ひかった。
しるふぁは、ペンを、いっしゅん、とめた。
それから、しずかに、かきつづけた。
「アウレリアさまは。
きっと、——ずっと、まえに、『とい、つづける』のに、つかれてしまった、ひとなんだ。
だからね。
わたしは、アウレリアさまに、『こたえ』を、さしだそうとして、きたけど。
——ちがったんだ。
わたしが、とどけたいのは
——『あなたは、ひとりで、問いつづけなくていい』っていう、きもち、なのかもしれない」
ピコが、日記のうえに、ちょこん、とのった。
しるふぁはピコのあたまを、やさしくなでた。
「ピコ。
あした、もういちど、アウレリアさまに、あおう」
ぴぃ、と、ピコが、ちいさく、こたえた。
——第10話 つづく——