理事長アウレリアと、ルーナの、のぞみ
Luminus Archive次の日の、あさ。
しるふぁは、ピコを、肩にのせて。
ひとり、学園の、もっとも、たかい、かいだんを、のぼっていた。
となりに、セリア会長が、しずかに、ついて、きてくれていた。
「……しるふぁさん」
会長の、こえは、いつもより、しずかだった。
「きょう、おあいする、理事長は。
……わたしたちの、学園の、いちばん、うえに、いらっしゃる、かたです」
「はい」
「……あの方は、わるい、ひとでは、ありません」
会長の、こえに、ほんの、すこし、ふあんが、まざっていた。
「ただ、とても、とても、つよい、『おかんがえ』を、もっていらっしゃる。
——それを、わすれないで、くださいね」
しるふぁは、うなずいた。
肩のピコが、ぴぃ、と、ちいさく、ないた。
ペンダントが、むねのうえで、ほんのり、つめたかった。
会長が、とびらを、ノックした。
「……どうぞ」
おくから、しずかな、こえが、きこえた。
ひくくは、ない。
けれど——こわいくらい、おちついた、こえ。
会長が、しずかに、とびらを、ひらいた。
「——ようこそ、しるふぁ・ルミナリアさん」
そのひとは。
すっと、たちあがって、しるふぁを、まっすぐに、見た。
せは、たかかった。
ほそい、ほそい、ひと。
けれど、そこに、たっている、だけで——
へや、ぜんたいの、くうきが、ぴん、と、はりつめる、ような。
「わたしが、この学園の、理事長、アウレリア・ヴァレンティアです」
こえは、おだやかだった。
ほほえみも、あった。
けれど、その目のおくは——
つめたくて、さびしい、ふゆの、みずうみのようだった。
しるふぁは、おもわず、せすじを、のばした。
「……は、はじめまして」
「どうぞ、おかけください」
アウレリアは、つくえの、むかいの、椅子を、しずかに、さししめした。
しるふぁが、椅子に、すわると、アウレリアが、しずかに、ほほえんだ。
「——その前に」
「わたしの、たった、ひとりの、親友を。
しょうかい、させて、ください」
しるふぁが、かおを、あげると。
へやの、おくの、しずかな、窓辺に。
もう、ひとり。
ひとが、立っていた。
「——ルーナさま」
しるふぁは、はっ、と、した。
昨日、ホールで、祈りを、ささげてくれた——めいよ巫女の、ルーナさま。
ルーナさまは、こくん、とうなずいて、やわらかく、ほほえんだ。
「しるふぁさん。
……きのうぶり、ですね」
ルーナさまの、こえは、おどろくほど、ふつうの、すこし、おさない、おんなのひとの、こえだった。
ホールで、みた、とおい、けだかい、「めいよ巫女」の、すがたとは——
ちがって、みえた。
「ルーナは、わたしの、おさななじみ、なのです」
アウレリアが、しずかに、いった。
「むかしから、わたしのことを——
『アリア』、と、よびます」
ルーナさまが、くすっ、とわらった。
「ごめんなさい、アリア」
「いいのよ、ルーナ」
……ふたりの、やりとりは。
ふしぎだった。
ひとりは、学園の、いちばん、うえの、こわいひと。
もうひとりは、みんなが、おがむ、めいよ巫女。
なのに、ふたりの、あいだには、
ちいさな子どもの、ような、きょりが、あった。
「——さて」
アウレリアが、しるふぁに、むきなおった。
「しるふぁさん。
あなたの、おうわさは、きいています」
「……え」
「リヴィアとの、決闘。
アリアとの、たたかい。
リュシアの資料館での、ふしぎな、ひかり。
そして、きのうの、ルミネットの浅層での、お仕事」
アウレリアは、ひとつ、ひとつ、かぞえるように、いった。
「——とても、ふしぎな、おちからを、おもちのようですね」
しるふぁは、ちいさく、くびを、よこにふった。
「いえ、わたし、ちからなんて……
ただ、ピコと、いっしょに、いるだけで……」
「ふふ」
アウレリアが、ほんの、すこし、わらった。
けれど、そのわらいは、やわらかいのに、どこか、かなしかった。
「……しるふぁさん。
あなたは、『あたらしい、学園』を、のぞんで、いらっしゃるそうですね」
しるふぁの、むねが、どくん、と、はねた。
「だれもが、じぶんの、やりたいことを、めざせて。
まわりが、おうえんできる、せかい。
——そういう学園を、つくりたい、と」
「……はい」
しるふぁは、ちいさく、こたえた。
アウレリアは、しずかに、つくえのうえで、ゆびを、くんだ。
「——わたしは、それに、はんたいです」
しるふぁは、目を、みひらいた。
「……え」
アウレリアの、目は、つめたくは、なかった。
ただ、しずかに。
とても、ふかく。
しるふぁを、見つめていた。
「しるふぁさん。
あなたは、まだ、ちいさくて、まわりの、やさしい、ひとしか、みて、いらっしゃらない」
アウレリアの、こえは、ゆっくりと、ていねい、だった。
「——でもね。
ひとは、そう、やさしい、いきもの、では、ないのです」
「ねたみ。
うらみ。
じぶんより、うえに、いるひとを、ひきずり、おろそうと、する、こころ。
じぶんが、たいへんなとき、となりの、ひとを、おしのけようと、する、こころ。
——わたしは、ながいあいだ、この学園を、まもる、しごとを、してきました。
その、なかで。
——たくさんの、そういう、ひとの、こころを、みてきたのです」
しるふぁは、うつむいた。
「『だれもが、じぶんの、ゆめを、めざせる、せかい』——
うつくしい、ことばですね。
でも、それは、ね、しるふぁさん。
——じつは、ひとを、いちばん、きずつける、ことばでも、あるのですよ」
しるふぁは、はっ、と、かおを、あげた。
「……え」
「『だれもが、めざせる』という、ことは。
『めざして、でも、かなわなかった、ひと』を、うむ、ということです。
そして、そのひとたちは——
『じぶんは、できなかった』と、じぶんを、せめはじめる。
そのこころは、どこに、いくと、おもいますか」
しるふぁは、こたえられなかった。
「……うしなわれた、のぞみは。
やがて、つめたい、いかりに、かわり、となりのひとを、おとしめようと、します。
——それが、ひとの、こころの、しくみです」
アウレリアは、しずかに、たちあがった。
まどのほうへ、あるいた。
窓のそとを、ながいあいだ、みつめた。
「——だから、わたしは、『えらばれた、もの』が、せかいを、まもる、しくみが、ひつようだと、しんじています」
しずかな、こえ。
「巫女たち。
四光守のみんな。
そして、わたし。
——えらばれた、わたしたちが、かわりに、かんがえ、かわりに、きめる。
そうすれば、ふつうのひとびとは、『くらべて、きずつく』ことを、しなくていい。
それが、いちばん、おおくのひとが、しあわせに、なれる、みち、なのです」
しるふぁは、しばらく、ことばを、うしなっていた。
アウレリアの、ことばは、つめたくは、なかった。
ひどくも、なかった。
……むしろ、どこか、おもい、やさしさのような、ものも、あった。
——でも。
しるふぁの、むねの、おくで、また。
ちいさな、ちいさな、こえが、ぽとり、と、おちた。
(……本当に、そうかな?)
しるふぁは、ゆっくりと、かおを、あげた。
「……アウレリアさま」
「なんですか」
「……わたし、じょうずに、ことばに、できないです」
「どうぞ、おっしゃってください」
しるふぁは、すうっ、と、いきを、すった。
「『かわりに、きめてあげる』ことは……
とっても、やさしいこと、だと、思います。
でも……
ひとは、『じぶんで、きめたい』って、おもう、きもちも、あると、おもうのです」
アウレリアの、まゆが、ほんのすこし、うごいた。
「たとえ、しっぱい、しても。
じぶんで、かんがえて、じぶんで、えらんだ、みち、なら。
……そのひとは、きっと、しっぱいを、たからものに、できる」
「そのひとの、となりに、『おうえん、してくれる』ひとが、いれば……」
しるふぁの、こえは、ちいさかった。
けれど、ふるえて、いなかった。
「…ねたみや、いかりに、ならないで、すむ、と、思うんです」
アウレリアは、しるふぁを、みた。
その目は——
まだ、つめたい。
でも、ほんの、ほんの、すこしだけ。
とまどいの、いろが、さした。
「——あまい、おかんがえですね」
アウレリアは、ほそく、ため息を、ついた。
「しるふぁさん、あなたが、おこさまだから、そう、おっしゃるのです。
わたしの、みてきた、げんじつは——
そんなに、あまくは、ありませんでした」
しるふぁは、くちびるを、かんだ。
——ちがう、みせかたが、できるはず、なのに。
うまく、ことばに、ならない。
(おかあさん……)
むねのペンダントが、かすかに、ちりっ、と、ないた。
そのとき。
「……アリア」
ルーナさまが、しずかに、くちを、ひらいた。
「この子の、おはなしを。
——もう、すこし。
きいてあげて、くださいな」
アウレリアが、ふりむいた。
「ルーナ」
「お願い」
ルーナさまの、こえは、おだやかだった。
けれど、ふしぎな、つよさが、あった。
アウレリアは、しばらく、ルーナさまを、みていた。
そして——
ほっ、と、かたの、ちからを、ぬいた。
「……きょうは、ここまでに、しましょう」
アウレリアが、しずかに、いった。
「しるふぁさん。
——ルミネットの、いじょうに、ついて、は。
わたしも、おきにかかって、います。
なにか、わかったら、おしえて、くださいね」
「……はい」
「また、おはなし、しましょう。
——いそがなくて、いいですよ」
アウレリアは、しずかに、うなずいた。
しるふぁも、ふかく、れいを、した。
かいだんを、おりはじめた、その、とき。
ルーナさまが、しずかに、しるふぁの、そでを、ひいた。
「しるふぁさん」
「……ルーナさま」
「すこし、わたしと、おはなし、しませんか?」
ルーナさまの、目は、やわらかかった。
でも——
きのう、ホールで、みた、あの、かなしみが、また、うっすらと、やどって、いた。
「——アリアの、こと、を」
ルーナさまは、しるふぁを、学園の、もっとも、おくの、しずかな、ちいさな、へやに、つれてきた。
「——ここはね」
ルーナさまの、こえが、すうっ、と、くうかんに、とけた。
「わたしが、まいにち、学園の、みんなの、しあわせを、ねがうために、くる、ばしょ」
しるふぁは、そっと、まわりを、みまわした。
はなだけが、ひとつ。
白い、ちいさな、デージー。
「……きれい、です」
「ふふ。ありがとう」
ルーナさまは、しずかに、しるふぁのとなりに、すわった。
「しるふぁさん。
——アリアは、ね」
すこし、しずかに、ほほえんで、
ルーナさまは、はなしはじめた。
「むかし、こどものころ。
——だれよりも、やさしい子、だったの」
しるふぁは、目を、みはった。
「……やさしい……?」
「うん」
ルーナさまは、こくり、と、うなずいた。
「こまっている、ちいさい子がいれば、すぐに、はしっていって、てつだう子。
じぶんの、おべんとうを、ぜんぶ、しらないひとに、あげてしまうような、子。
——そういう、子、だったの」
しるふぁは、さっきの、理事長の、すがたを、おもい、うかべた。
あの、つめたい目。
つめたい、いいかた。
——おんなじ、ひと、なんだろうか。
ルーナさまは、そんな、しるふぁの、きもちを、しっている、ように、しずかに、わらった。
「しんじられ、ないですよね」
「……はい、ちょっと」
「でもね、ほんとう、なのよ」
ルーナさまの、まつげが、すこし、ふるえた。
「アリアはね、……
ずっと、がんばって、きた。
学園の、うえの、しごとは、きびしいの。
ちいさな子どもの、けんかを、さばく。
きょうしのあいだの、ちょっとした、いざこざを、おさめる。
おやたちの、もんくを、きいて、こたえる。
——毎日、ぜんぶ、だれかの、くらい、こころと、むきあう、しごと」
しるふぁは、じっと、きいていた。
「アリアはね、おおきくなるにつれて、みてしまったの。
——やさしくしても、かえって、ひどく、かえってくる。
たすけた、ひとが、じぶんを、うらむ、ことさえある。
そういうものを、ずっと、ずっと、みてきた」
「……そのうちに、アリアは、あまり、わらわなく、なったの」
ルーナさまの、こえが、しずかに、ふるえた。
「そして、——じぶんを、『つよく』、しはじめた。
『ひとは、しんじられない』
『ひとは、じぶんで、みちを、えらべない』
『だから、えらばれた、わたしたちが、かわりに、まもる』
——そう、じぶんに、いいきかせる、ように、なったの」
しるふぁの、むねが、きゅっ、と、なった。
「ルーナさま」
「はい」
「……アウレリアさまは」
「どうして、そんなに、やさしかったのに、……『ひとを、しんじられない』って、おもうようになって、しまったのですか?」
ルーナさまは、ちいさく、くちびるを、かんだ。
そして、ほんのすこし、かなしそうに、ほほえんだ。
「……それはね、しるふぁさん。
きっと、わたしから、はなしては、いけない、ことなの」
「え」
「あのひとのなかには、ね。
——いまも、きえない、かなしい、きおくが、あるの。
そのことを、わたしの、くちから、ほかのひとに、いうのは。
——アリアの、いちばん、だいじな、ばしょに、土足で、ふみこむ、ようなもの」
「だから、その、きおくの、ことは、きかないで。
——アリアが、じぶんで、はなす日を、まちたいの」
しるふぁは、ふかく、うなずいた。
「……はい、わかりました」
ルーナさまは、ほっ、と、ほほえんだ。
「——でもね」
「きょう、あなたが、アリアのまえで、はなした、『おうえん、してくれる、となりのひと』の、おはなし。
——わたし、すき、でした」
しるふぁは、おどろいて、ルーナさまを、見た。
「アリアは、ね、しるふぁさん。
——ずっと、ずっと、じぶんで、ひとりで、たたかって、きた、ひと、なの。
『となりで、おうえんしてくれる、ひと』を、あのひとが、ゆるせる、ように、なる、までに。
——どれだけ、ながい、ときが、かかるか、わからない、けれど。
わたしは、ね。
あなたの、ちいさな、『本当に、そうかな?』の、こえが。
——きっと、アリアの、こおりついた、こころを、ほんの、すこしずつ、とかして、くれる、と、おもってるの」
しるふぁの目に、じわっ、と、なみだが、にじんだ。
ルーナさまが、しるふぁの、て、を、そっと、つつんだ。
「おねがい、しるふぁさん。
あきらめないで、ね。
——アリアを、ね」
「……はい」
「わたしも、ずっと、となりに、いるから」
ルーナさまの、て、は。
ふしぎと、つめたかった。
まるで、ながいあいだ、ひとの、くらい、こころを、ひとりで、ひきうけて、きた、ひとの、て、のように。
しるふぁは、ルーナさまの、て、を、ぎゅっ、と、にぎりかえした。
「——ルーナさまの、て、すこし、つめたい、です」
「ふふ……ごめんなさい」
ルーナさまは、しずかに、わらった。
けれど、その目から、ぽろり、と、ひとつぶ、なみだが、おちた。
その夜。
しるふぁは、ランプのもとで、日記を、ひらいた。
「おかあさんへ。
きょう、理事長アウレリアさまに、おあい、しました。
こわい、と、おもった。
ぜんぜん、わるい、ひとじゃ、ないの。
でも、こわかった。
——じぶんの、おもっていることが、ぜんぶ、『あまい』って、いわれて、しまう、気が、した、から」
しるふぁは、ペンを、すこし、とめた。
「そのあと、ルーナさまと、おはなし、しました。
アウレリアさまは、ちいさいころ、とっても、やさしい子だったって。
ずっと、ひとりで、がんばって、きて。
……いつのまにか、こおりついた、こころに、なってしまった、って。
……おかあさん」
ペンダントが、ほのかに、ひかる。
「『やさしい子』だった、ひとが。
がんばりすぎて、『こおった』こころに、なって、いく。
——それって、すごく、かなしい、こと、だね」
「でも、ルーナさまが、いってた。
『あきらめないで』って。
……わたし、あきらめ、たくない。
アウレリアさまの、こころが、むかし、やさしかった、なら。
——いまでも、きっと、その、やさしさは、どこかに、のこってる、はず、だから」
ピコが、日記のうえに、ちょこん、とのった。
ぴぃ、と、ちいさく、ないた。
しるふぁは、ピコの頭を、そっと、なでた。
「……本当に、そうかな?って。
あきらめないで、じぶんに、きいてみる」
——まだ、しるふぁは、しらない。
ルミネットじしんが、しるふぁに、ひとつの、
『はじまりの、きおく』を、見せる、ことを。
そして、その、きおくが——
アウレリアの、こおりついた、こころの、
いちばん、ふかいところと、どこかで、つながっていることを。
——第9話 つづく——