こおりついたルミネットと、いのりの、ひと
Luminus Archiveしるふぁが、目を、さました。
なにか、いつもと、ちがう気がした。
いつもなら、枕もとで、しるふぁの頬を、
ちょんちょん、とつついて、おこしにくるピコが——
きょうは、みあたらない。
「……ピコ?」
しるふぁが、ベッドのうえを、見まわすと。
枕のすみで、ピコが、ちいさく、まるくなっていた。
つばさを、きゅっと、たたんだまま。
からだを、ふるわせて。
「ピコ……? どうしたの?」
しるふぁは、あわてて、ピコを、そっと、両手で、つつんだ。
ちいさな、ちいさな、ピコのからだが——
ひんやりと、つめたい。
「えっ……ピコ、つめたい……」
ぴぃ、と、ピコが、よわよわしく、ないた。
しるふぁの胸のなかで、心ぞうが、ぎゅっ、となった。
となりのベッドから、ティナのねぼけ声。
「う……ん……しるふぁ……? どうしたのー……」
ティナが、ねぐせのままで、ベッドから、ごそごそ、おきあがった。
「……ねえ、ティナ」
「ん……なあに」
「ピコが、つめたいの」
ティナの目が、ぱちっと、あいた。
ベッドから、とびおりて、しるふぁの手のなかを、のぞきこんだ。
「……え、え、ほんとだ。ピコ、だいじょうぶ……?」
ティナは、はっ、として、じぶんの肩のうえを、見た。
ポポも、ベッドのはしで、しっぽを、からだに、まきつけて、まるくなっていた。
「……しるふぁ、ポポも、げんきないよー」
ふたりは、顔を見あわせた。
窓のそとの、朝もやは——
いつもより、しろく、つめたく、見えた。
教室に、つくまでに——
しるふぁたちは、いくつも、おなじ光景を、見た。
ルミが、つばさを、おろして、生徒の肩で、ちいさく、ふるえている。
ひかりが、よわよわしい、ルミ。
ひそひそ声が、廊下を、ながれていく。
「なにか、わるいものが、学園に、入ってきたんじゃないかって……」
「わるいもの…」
「そうよ、きっと、それがルミたちをおかしくしてるのよ」
ピコを、両手で、かかえたまま、しるふぁが、ぴた、と、足を、とめる。
しるふぁは、手のなかの、ピコを、そっと、みつめた。
ピコは、しるふぁの手のひらで、
つばさを、たたんだまま、ちいさく、ちいさく、ふるえていた。
しるふぁは、こころのなかで、ほんの、ちいさく、つぶやいた。
(……本当に、そうかな?)
——このコ、さむそうにして、いるだけに、見える。
「わるいもの」がいるなんて、そういうふうには、思えない。
ちいさな違和感が、むねの、おくのほうに、ぽとり、と、おちた。
教室のドアのまえに、リヴィアが、立っていた。
「……しるふぁ。あなたのピコも、ですか」
「……うん」
リヴィアの肩の、白銀の鷹・セレネも、きょうは、つばさを、たたんだまま、うごかない。
「わたしの、セレネも、けさ、とべませんでした」
リヴィアの声は、ちいさかった。
いつも、つよく、きっぱりとしているリヴィアが——
きょうは、すこしだけ、こどものような、ふあんそうな目を、していた。
「リヴィアさん」
しるふぁは、そっと、いった。
「……きっと、なおります。セレネのこと」
「……なぜ、そう、おもうのですか」
「……わかんない。でも、セレネ、『わるいもの』になったような感じ、しないもの。
ただ、寒がって、ちぢこまってる——だけ、みたい」
リヴィアは、しばらく、だまって、しるふぁを、見つめた。
そして、ほんの、ちいさく、うなずいた。
「……そうですね」
壇のうえに、ひとりの、女の人が、立った。
長い銀の髪を、うしろで、きっちりと、たばねている。
背は、すっと、たかく、せすじが、まっすぐ。
ふかい、すみれ色の瞳は——
しずかで、なにか、おもいものを、そっと、かかえているように、見えた。
「みなさん、おちついてください」
ざわめきが、すうっと、しずまる。
「わたしは、セリア・グレイス。
この学園の、生徒会長であり——四光守(クアトロ・ルクス)の、まもりの巫女を、つとめております」
しるふぁは、息を、のんだ。
「今朝、わたしたちの、ルミネットに、異変が、おきています」
セリア会長の声が、ホールに、ひびいた。
「中枢(コア)からの、ひかりの供給が、ふあんていになっており、みなさんの、ルミたちが、げんきをうしなっています」
ホールじゅうが、ざわっと、ゆれた。
ひそひそ声が、あちこちから、あがる。
セリア会長は、しずかに、手を、あげた。
「その原因がいったい、なになのか。まだ、わかっていません」
「そこで——きょうは、ある方に、おこしいただきました」
セリア会長の声が、ほんの、すこし、きんちょうして、きこえた。
——あ。
しるふぁは、思わず、顔を、あげた。
「わたしたちの、学園を、ずっと、みまもり、
ひとりひとりの、幸せを、ねがいつづけてくださる——
めいよ巫女、ルーナさま、でございます」
生徒たちが、いっせいに、せすじを、のばす。
ホールのすみから、しずかに、あゆみでる、ひとりの少女のような女性。
ながい、しろい髪。やわらかな、しろと水色の衣。
あしもとを、ほのかな光の粒が、ついて、まわる。
まわりのざわめきが、すうっと、しずまる。
ルーナさまは——
しずかに、しずかに、壇のうえに、のぼった。
そのかおは——
ふしぎと若くみえる。
けれど、目のおくには、
ながい、ながい時間を、しずかに、みてきた、ような、
ふかさが、あった。
ルーナさまは、しずかに、両手を、あわせた。
こえは、だすことなく。
ただ、目を、そっと、とじて。
ホールぜんたいに、しろい光の粒が、ふわり、ふわり、と、ふりそそぐ。
まるで、やわらかな、あたたかい、雪のように。
ルミたちが、ひとり、ふたり、と、つばさを、ひろげて、ちいさく、ないた。
生徒たちの、あちらこちらから、ちいさな、よろこびの、こえが、もれた。
「……セレネの、つばさが、うごいた……」
「ポポ……わたしのポポも、げんきになったよ……!」
ピコも、しるふぁの手のなかで、ぴぃっ、と、ちいさく、ないて、
つばさを、ほんのすこし、ひらいた。
しるふぁは、ルーナさまを、見つめた。
そのひとは——
ただ、しずかに、ほほえんで、両手を、あわせたまま、立っていた。
きよらかで。
うつくしくて。
でも——
(……どこか、かなしそう)
しるふぁの胸が、きゅっ、と、なった。
ルーナさまの目が、ふっ、と、しるふぁのほうへ、むく。
しるふぁの、心ぞうが、どくん、と、はねる。
ほんの、いっしゅん。
ルーナさまの目が、しるふぁを、見た。
そして——ほほえんだ。
そのほほえみは、あたたかかった。
けれど、そのおくに。
——なにか、かなしみのような、ものが、あった。
まるで、しるふぁのことを、ぜんぶ知って、いるかのような。
しるふぁは、おもわず、ペンダントに、手を、あてた。
(……ルーナさま、の、祈り。
とっても、やさしい。
……でも)
(これで、ほんとうに、みんなが、しあわせに、なるのかな?)
しるふぁの、むねの、おくで、また。
ちいさな、ちいさな、問いが、ぽとり、と、おちた。
ルーナさまが、壇を、おりた。
ルミたちは、たしかに、ひかりを、とりもどしていた。
でも、しるふぁには——
わかって、いた。
ルーナさまの祈りは。
いまの、ルミたちの「さむさ」を、
いちじてきに、あたためて、くれた、だけ。
——ルミネットのなかで、なにか、ちがうことが、おきている。
それを、なんとかしないと…
「しるふぁさん」
ふりむくと、ひとりの、少女が、立っていた。
銀色がかった、うすい青の髪。
すこし、ながめの前髪のおくから、
とおくを見つめるような、おだやかな瞳が、のぞいている。
その少女の、肩のすこし上を、うすいむらさきの、ちょうちょのような、ルミが——
ふわ、ふわ、と、ゆれていた。
「……はじめまして。わたしは、ノエル・フェリシア」
「四光守の、ひとり。
みらいの巫女を、あずかっています」
しるふぁは、目を、まるくした。
「セリア会長の、ごしじで、あなたを、むかえに、きました」
ノエルは、しるふぁの目を、まっすぐ、見た。
「ルミネットの、ふかいところで、なにかが、おきています。
——しるふぁさん。
どうか、わたしたちに、ちからを、かして、ください」
「あの……ノエルさん」
しるふぁは、おずおずと、きいた。
「みらいの巫女さんって……
みらいが、見える、人、ですか?」
ノエルは、ほんの、すこし、くちもとを、やわらかくした。
「……よく、そう、きかれます」
ノエルは、肩のちょうちょの、つばさを、そっと、なでた。
「でもね、しるふぁさん。
わたしは——みらいが『見える』わけでは、ないんです」
「え?」
「わたしは、ただ、みらいを、『問い』つづけているだけ」
「『このままで、いいのか?』
『この、えらんだ道は、ほんとうに、正しいのか?』
『みなが、そう、言うけれど——本当に、そうなのか?』
——って」
しるふぁのむねのおくで、けさ、ぽとり、と、おちたものが——
ふわり、と、うえに、ういてきた。
「問いつづけていると。
ときどきね。
——『このままだと、きっと、こうなる』っていう、ながれが、見えるの」
ノエルは、しるふぁを、見た。
「そして、いま。
その『くらい、ながれ』が——
ルミネットの、おくで、はじまって、います」
しるふぁ、ティナ、リヴィア、リュシア、アリア、ノエル。
六人は、ルミネットの、入り口のまえに、立った。
「……ここが、コアへの、入り口ですか」
アリアが、めがねを、くい、と、おしあげた。
ノエルが、とびらに、手を、あてた。
「……みなさま。
これから、入るばしょは、ふだんの世界とは、すこし、ちがいます。
——じぶんで、見たものを、しんじて、ください。
『だれかが、こう、言ってたから』ではなく。
じぶんの目で、たしかめて、じぶんで、かんがえて、ください」
しるふぁは、こくん、と、うなずいた。
とびらが、ぎ、ぎ、と、ひらいた。
なかから、ひえびえとした、しろい息が、ふわっと、ふきだしてきた。
目のまえに、ちいさな、ルミたちが、いた。
いくつもの、たくさんの、ルミたちが——
身を、よせあって、ふるえていた。
ひかりは、よわよわしく——
いまにも、きえて、しまいそうだった。
「……なんで」
しるふぁの目に、じわっと、涙が、にじんだ。
「なんで、こんなに、ちいさいコたちが……」
しるふぁは、たまらず、ひざを、おった。
ちいさな、ルミに、てを、のばした。
ルミは、びくっ、と、ふるえた。
——そのとき。しるふぁの胸のペンダントが、ほのかに、しずかに、ひかる。
ひかりのなかに、ちいさな、すりガラスのような像が、うかびあがる。
そこにいるのは——ちいさな、ちいさな、こどものような、かたちをした、『こわがっている、ルミのこころ』。膝を、かかえて、ちぢこまっている。
しるふぁは、その、ペンダントの、ひかりを、じっと、見た。
——あ。
やっぱり、この子たちは…
「……だいじょうぶ。こわくないよ」
しるふぁが、ルミたちに、やさしく、声をかける。
「ひとりじゃ、ないからね」
しるふぁの、てのひらのうえ。
ちいさなルミが、そっと、その手のひらに、のる。
すると、あたたかいひかりが、ぽっ、と、うまれた。
ちいさなルミが、しるふぁのてのうえで、かすかに、ぴぃ、と、ないた。
そのこえに、ほかのルミたちも、ちいさな、ちいさな、こえで、こたえはじめた。
しるふぁのとなりに、リヴィアが、しずかに、ひざを、おった。
セレネが、つばさをひろげて、
まわりのルミたちを、そっと、つつむように、ひかりを、ひろげた。
ティナも、そっと、ポポをだきしめて、ルミたちに送りだす。
ポポが、しずかに、ひかりを、はなった。
ちいさなルミたちの、よわよわしいひかりが——
ほんのすこし、ほんのすこしづつ、つよくなっていった。
ノエルが、息を、のんだ。
「……すごい」
「あなたの声が……
ルミたちに、ほんとうに、とどいている……」
——けれど、そのとき。
しるふぁたちの、ずっとおくの、ふかいばしょから——
ひゅう、と、つめたい、かぜが、ふきあげた。
アリアが、めがねを、かた、と、ならした。
「……げんいんは、もっと、ふかいところに、ある、ようだな」
「きょうは、ここまでに、しましょう」
ノエルが、しずかに、言った。
「まず、このちいさなルミたちを、あたためる。
——それから、かんがえましょう。」
四光守の三人(リュシア、ノエル)と、しるふぁ、リヴィア、ティナ、アリアは、もどってきた、しるふぁたちの、ほうこくを、セリア会長は、ふかく、うなずきながら、きいていた。
「……ルミネットの、ふかいところで、なにかが、おきている」
会長のこえは、しずかだった。
「ルーナさまの、祈りで、一時的には、ルミたちは、あたたかさを、とりもどします。
けれど——」
会長は、すこし、まをおいた。
「それは、本当の、かいけつには、なりません」
しるふぁは、こくり、と、うなずいた。
——やっぱり。
「この、異変の、もとを、つきとめなければ、なりません」
会長は、しるふぁを、まっすぐに、みた。
「……しるふぁさん。
あした、あなたに、あって、いただきたい方が、おられます」
「は、はい。」
「この学園の——いちばん、うえに、たつ、かた」
しるふぁの、しんぞうが、どくん、と、はねた。
「……理事長、アウレリア・ヴァレンティアさま」
その夜。
ピコは、しるふぁのベッドのよこで、まるくなって、ねむっていた。
——きょうの朝よりは、すこし、あたたかい。
つばさも、ほんのすこしだけ、ひらいている。
しるふぁは、机のランプの、やわらかいひかりのなかで、日記を、ひらいた。
「おかあさんへ。
きょう、ルミネットのなかに、はいりました。
そこには、こごえる、ちいさなルミたちが、いました。
でもね、あのコたちは…
——ただ、こわがって、いただけ、だったの。」
しるふぁは、ペンを、とめた。
「きょう、ルーナさまという、めいよ巫女のかたに、あいました。
とっても、うつくしくて、やさしい、お方でした。
祈ってくださると、ルミたちに、あたたかさが、もどったの。
でもね、おかあさん。
わたし、ふしぎに、おもって、しまったの。
ルーナさまの祈りは、ルミたちの、いまの、さむさを、あたためてくれる。
——でも。
ふかいところにある、ほんとうの、かなしみは、まだ、消えていない。」
ペンダントが、しずかに、あたたかく、ひかる。
「あした、理事長の、アウレリアさまに、おあいします。
わたしの、気持ち。
きちんと、ことばに、できるかな」
ピコが、日記のうえに、ちょこん、と、のった。
しるふぁは、ピコの頭を、やさしく、なでた。
「……ピコ。
あしたも、いっしょに、いようね」
ぴぃ、と、ピコが、ねぼけて、ないた。
——まだ、しるふぁは、しらない。
あした、あう、そのひとが。
ルーナさまの、もっとも、ふかい、りかいしゃで、あり、
そして——
しるふぁの、いままでの、ちいさな、『本当に、そうかな?』の、
いちばん、おおきな、かべに、なる、ひとで、あることを。
——第8話 つづく——