EPISODE 07

きょうかいを、こえた、ほほえみ

Luminus Archive

アリアに、じぶんのゆめをことばにして、はなした朝から、数日がたっていた。

しるふぁのなかで、ふしぎな感かくが、ずっと、つづいていた。

アリアに、「なんだ、それは」って、わらわれたとき。

かなしくは、なかった。

むしろ、じぶんのおくにあった気もちを、はじめて、ことばにできたことへの、ほっとした気もちが、のこっていた。

——でも。

しるふぁは、ベンチにすわって、朝の中庭をながめていた。

ピコが、しずかに、しるふぁのひざにのって、ねむっている。

「じぶんの、やりたいことを、みんなが、めざせるせかい」

こうやって、くちに、出すのは、かんたんだ。

でも、この学園では。

家がらや、成績で、じゅんばんがきまる。

決闘で、つよかった子が、つぎに、すすめる。

そういうばしょ、だ。

——わたし、なにも、じっせきがない、へんにゅうせいなのに。

——そんな、ゆめを、かたっていいのかな。

しるふぁは、ピコの頭を、そっと、なでた。

「……本当に、言っちゃって、よかったのかな」

ぴぃ、と、ピコが、寝ぼけてないた。

ティナがベッドのうえで、髪のリボンをかえながら、しるふぁの机のそばに歩いてくる。

「しるふぁー! ねえねえ」

ティナが、にゅっと、しるふぁの机にのぞきこんできた。

「アリアに、ゆめ、かたったんだって? どんなの? おしえて、おしえて!」

しるふぁは、ぎょっとした。

「えっ、なんで、知って……!?」

「リュシア先輩が、アリアさまからきいた、って。学園、せまいんだよー」

しるふぁは、あたふたと、説明した。

うまく、言えた気がしなかった。

でも、ティナは、ぽかんと、聞いていたあと——

ぱっと、顔が、かがやいた。

「いいじゃん、それ!」

しるふぁは、顔をあげた。

「えっ……」

「っていうか、さいこうじゃない! わたしだって、べつに、一ばんに、なりたくて、ここにいるわけじゃないし! みんなが、たのしそうにしてるのが、いちばん、でしょ!」

ティナは、にこーっ、とわらった。

ティナのリスのルミ・ポポが、ぴょこんと、ジャンプして喜ぶ。

「わたしの、ゆめはね」

ティナは、しるふぁのとなりにどすん、とすわった。

「みんなを、つなげる、ひとになること。
『じょうほう通』って、よく言われるんだけどね。
ほんとうはね——みんなのあいだを、つなぐの、すきだから、やってるの」

「ティナちゃんの、ゆめ……」

「ふふ。しるふぁのと、ちょっと、にてるかも」

しるふぁは、じんわり、あたたかい気もちに、なった。

その日の、お昼すぎ。

しるふぁは、資料館のまえで、リュシアに、ばったり、会った。

リュシアは、古い帳面を、ぱらり、と、めくりながら、ほほえんだ。

「しるふぁちゃんの、おゆめのこと、ちょっと、きいたわよ」

「リュシアせんぱい……」

「ね、おもしろいことを、見つけたの」

リュシアは、帳面を、しるふぁに見せた。

古い、インクの文字。

「……これは?」

「この学園の、いちばん最初の、ころの、記録。
ここに、学園の、りねん、が書いてあるんだけど。
——しるふぁちゃん、読める?」

しるふぁは、目をこらした。

『すべての者に、光の道を』

しるふぁは、じっと、その一行を、見つめた。

「……え」

「うふふ」

リュシアは、帳面をそっと、とじた。

「この学園はね、いちばんさいしょの、ころは、『すべての者に光の道を』——みんなが、じぶんのひかりを、めざせる場所、だったの。
いつのまにかね、家がらや、成績で、わける仕組みが、つよくなっちゃって。
……それが、『いつもどおり』に、なっちゃっただけなの」

しるふぁは、その一行から、目が、はなせなかった。

「しるふぁちゃんの、ゆめは、ね——」

リュシアは、くすっ、とわらった。

「げんてん、かえり、かも、しれないわね」

その日の、午後。

しるふぁたちは、それぞれ、べつの授業だった。

ひとり、上位クラスの自習室にいた、リヴィアは、机にむかって、しずかに、本を読んでいた。

白銀のたか——セレネが、窓辺に、しずかに、止まっている。

だれかが、ドアのまえに、立った。

リヴィアが、顔をあげる。

——下位クラスの、ちいさな女の子だった。

以前、中庭で、いじめられていたのを、しるふぁがかばった、あの子。

女の子が、ぎゅっと、ノートをだきしめている。

「あの、……ごめんなさい、わたし、ここに、来ちゃいけないのは、わかってるんです、でも……」

女の子の声は、ふるえていた。

「きょうの、じゅぎょうの、内容が、ぜんぜん、わからなくて、
せんせいに、きいても、……うまく、おしえてもらえなくて。
それで、だれかに、教えてもらいたくて、……リヴィアさまなら、って」

女の子は、ぎゅっと、目をつむった。

いまにも、泣きだしそうだった。

「ごめんなさい、やっぱり、いいです。すみません、でした……」

リヴィアは、しずかに、立ちあがって、となりの椅子を、ひいた。

椅子が、きちんと、女の子のほうに、むけられる。

「……座りなさい」

リヴィアの声は、しずかだった。

つめたくも、なかった。

ふつうの、しずかな声だった。

「え、あ、あの、でも……」

「わからないところを、おしえなさい。
……時間は、すこしなら、ある、から」

女の子は、ぽかんと、していた。

信じられない、というかおで。

それから、ぼろっ、と、なみだを、こぼした。

リヴィアが、ちょっと、びっくりした。

「いや、なぜ、泣くのですか……」

「ご、ごめんなさい、うれしくて、……!」

リヴィアは、すこし、まっ赤になった。

「……いいから、本を、ひらきなさい」

女の子は、ぐすっ、と、はなをすすりながら、リヴィアのとなりに、すわった。

おしえる声は、きこえないが、唇がうごいている。

——女の子の表情が、だんだん、やわらかく、なっていく。

たまたま、通りかかった、しるふぁと、ティナと、アリア。

三人は、開いているドアのすきまから、中を、見てしまった。

ティナが、小さな声で、さけんだ。

「……う、うそでしょ。リヴィアが、下位クラスの子に、勉強、おしえてる!」

ティナの目は、まんまるに、なっていた。

「おおげさだな」

アリアは、あきれたように、言った。

「……いや、でも」

アリアも、すこし、めずらしそうに、その光景を、見ていた。

「——以前の、リヴィアなら、しなかったかも、しれないな」

しるふぁは、ただ、しずかに、ドアのむこうを、見ていた。

その目には、すこしだけ、涙が、ひかっていた。

しるふぁの胸のペンダントが、ほのかに光る。

光のなかに——ずいぶん昔のリヴィア。

とてもちいさな、ひとりぼっちのリヴィアが、つめたい学園の廊下で、きょろきょろ、先生をさがしている。だれも、声をかけてくれない。

それを、じっと、見守るような、大人になった今のリヴィアの、かすかな横顔。

「リヴィアさん…」

しるふぁは、小さく、つぶやいた。

「リヴィアさんは、ほんとうに、やさしいね。」

ティナは、あわてて、なみだを、そでて、そっとぬぐった。

「わたし、なんか、泣きそう」

アリアが、ふっ、と、ため息のような、わらいをもらした。

「——まったく……こまったやつばかりだな。」

けれど、その声は、すこしも、いやそうでは、なかった。

その、夕方。

しるふぁが、ひとりで、丘のベンチに、すわっていると——

さくっ、さくっ、と、足音が、近づいてきた。

アリアだった。

いつもの、白い外とうを、肩にかけていた。

しるふぁの、となりに、なにも言わずに、すわった。

しばらく、ふたりは、だまって、夕日を、見ていた。

やがて、アリアが、しずかに、口をひらいた。

「しるふぁ」

「はい」

「——ひとつ、ききたい」

アリアの声は、ふだんよりも、しんちょうだった。

「おまえの言う、『おうえんしあえる、せかい』——
それは、競争を、否定する、ということなのか」

しるふぁは、ちょっと、考えた。

「……ううん」

しっかりと、首を、よこにふった。

「競争はわるい、とは、思わないです。
リヴィアさんも、アリアさんも、競争のなかで、つよくなって、たくさんの人を、まもれるようになった。
それは、すごい、ことだと、思うんです」

アリアが、うなずいた。

しずかに、つづきを、まっている。

しるふぁは、じぶんの胸に、一度、手をあてた。

ペンダントが、あたたかかった。

「でもね——」

すこし、ゆっくりと、言葉を、えらんだ。

「——競争に、かてなかった、ひとが。
『もう、じぶんには、なにも、ないんだ』って。
『ねうちが、ないんだ』って。
そう、思ってしまう、せかいは、——」

しるふぁの目に、涙がにじんだ。

「——かなしいな、って、思うの」

「かつことも、だいじ。
でも、かてなくても。
じぶんの、やりたいことを、おうえんしてくれる人が、ひとりでも、いれば——
ひと、って、もういちど、立ち上がれると、思うの」

アリアは、しばらく、なにも、言わなかった。

夕日が、しずかに、しずんでいく。

やがて、アリアは、ほんの小さく、息をついた。

「……そうか」

「アリアさん?」

「……母の、言葉の、意味が、また、すこし、わかった、気がする」

アリアは、立ち上がった。

しるふぁのほうを、見ないで、ただ、夕日のほうを、むいて、言った。

「——ありがとう」

そして、しずかに、去っていった。

その、せなかは——

しるふぁには、なんだか、すこし、軽くなったように見えた。

その夜。

しるふぁは、日記をひらいた。

「おかあさんへ。
きょう、リヴィアさんが、下位クラスの子に、べんきょうを、おしえていました。
ちいさいけど、すごい、ことだった、と、おもう。
——ティナちゃんも、リュシアせんぱいも、アリアさんも。
わたしの、つたない、ゆめを、ちゃんと、うけとめてくれました。
『家がらで、じゅんばんが、きまるのが、ふつう』——
みんな、そう、いってたけれど。
……本当に、そうかな?
きょう、ひとり、『ちがうかも』って、おもった、わたしのおなじような子が——
学園のなかに、すこしずつ、ふえているような、気がしたんです」

ペンダントが、ほのかに、ひかる。

「おかあさん。
『ちいさな、一ぽ』って、きっと、こういうことなんだね。
——きっと、おかあさんも。
こんな、ちいさな『一ぽ』を、どこかで、ふみだしたんでしょうか」

ピコが、日記のうえに、ちょこん、と、のった。

しるふぁは、ピコの頭を、そっと、なでた。

窓のそとの星が、ひとつ、いつもよりも、あかるく、またたいていた。

——第7話 つづく——