きょうかいを、こえた、ほほえみ
Luminus Archiveアリアに、じぶんのゆめをことばにして、はなした朝から、数日がたっていた。
しるふぁのなかで、ふしぎな感かくが、ずっと、つづいていた。
アリアに、「なんだ、それは」って、わらわれたとき。
かなしくは、なかった。
むしろ、じぶんのおくにあった気もちを、はじめて、ことばにできたことへの、ほっとした気もちが、のこっていた。
——でも。
しるふぁは、ベンチにすわって、朝の中庭をながめていた。
ピコが、しずかに、しるふぁのひざにのって、ねむっている。
「じぶんの、やりたいことを、みんなが、めざせるせかい」
こうやって、くちに、出すのは、かんたんだ。
でも、この学園では。
家がらや、成績で、じゅんばんがきまる。
決闘で、つよかった子が、つぎに、すすめる。
そういうばしょ、だ。
——わたし、なにも、じっせきがない、へんにゅうせいなのに。
——そんな、ゆめを、かたっていいのかな。
しるふぁは、ピコの頭を、そっと、なでた。
「……本当に、言っちゃって、よかったのかな」
ぴぃ、と、ピコが、寝ぼけてないた。
ティナがベッドのうえで、髪のリボンをかえながら、しるふぁの机のそばに歩いてくる。
「しるふぁー! ねえねえ」
ティナが、にゅっと、しるふぁの机にのぞきこんできた。
「アリアに、ゆめ、かたったんだって? どんなの? おしえて、おしえて!」
しるふぁは、ぎょっとした。
「えっ、なんで、知って……!?」
「リュシア先輩が、アリアさまからきいた、って。学園、せまいんだよー」
しるふぁは、あたふたと、説明した。
うまく、言えた気がしなかった。
でも、ティナは、ぽかんと、聞いていたあと——
ぱっと、顔が、かがやいた。
「いいじゃん、それ!」
しるふぁは、顔をあげた。
「えっ……」
「っていうか、さいこうじゃない! わたしだって、べつに、一ばんに、なりたくて、ここにいるわけじゃないし! みんなが、たのしそうにしてるのが、いちばん、でしょ!」
ティナは、にこーっ、とわらった。
ティナのリスのルミ・ポポが、ぴょこんと、ジャンプして喜ぶ。
「わたしの、ゆめはね」
ティナは、しるふぁのとなりにどすん、とすわった。
「みんなを、つなげる、ひとになること。
『じょうほう通』って、よく言われるんだけどね。
ほんとうはね——みんなのあいだを、つなぐの、すきだから、やってるの」
「ティナちゃんの、ゆめ……」
「ふふ。しるふぁのと、ちょっと、にてるかも」
しるふぁは、じんわり、あたたかい気もちに、なった。
その日の、お昼すぎ。
しるふぁは、資料館のまえで、リュシアに、ばったり、会った。
リュシアは、古い帳面を、ぱらり、と、めくりながら、ほほえんだ。
「しるふぁちゃんの、おゆめのこと、ちょっと、きいたわよ」
「リュシアせんぱい……」
「ね、おもしろいことを、見つけたの」
リュシアは、帳面を、しるふぁに見せた。
古い、インクの文字。
「……これは?」
「この学園の、いちばん最初の、ころの、記録。
ここに、学園の、りねん、が書いてあるんだけど。
——しるふぁちゃん、読める?」
しるふぁは、目をこらした。
『すべての者に、光の道を』
しるふぁは、じっと、その一行を、見つめた。
「……え」
「うふふ」
リュシアは、帳面をそっと、とじた。
「この学園はね、いちばんさいしょの、ころは、『すべての者に光の道を』——みんなが、じぶんのひかりを、めざせる場所、だったの。
いつのまにかね、家がらや、成績で、わける仕組みが、つよくなっちゃって。
……それが、『いつもどおり』に、なっちゃっただけなの」
しるふぁは、その一行から、目が、はなせなかった。
「しるふぁちゃんの、ゆめは、ね——」
リュシアは、くすっ、とわらった。
「げんてん、かえり、かも、しれないわね」
その日の、午後。
しるふぁたちは、それぞれ、べつの授業だった。
ひとり、上位クラスの自習室にいた、リヴィアは、机にむかって、しずかに、本を読んでいた。
白銀のたか——セレネが、窓辺に、しずかに、止まっている。
だれかが、ドアのまえに、立った。
リヴィアが、顔をあげる。
——下位クラスの、ちいさな女の子だった。
以前、中庭で、いじめられていたのを、しるふぁがかばった、あの子。
女の子が、ぎゅっと、ノートをだきしめている。
「あの、……ごめんなさい、わたし、ここに、来ちゃいけないのは、わかってるんです、でも……」
女の子の声は、ふるえていた。
「きょうの、じゅぎょうの、内容が、ぜんぜん、わからなくて、
せんせいに、きいても、……うまく、おしえてもらえなくて。
それで、だれかに、教えてもらいたくて、……リヴィアさまなら、って」
女の子は、ぎゅっと、目をつむった。
いまにも、泣きだしそうだった。
「ごめんなさい、やっぱり、いいです。すみません、でした……」
リヴィアは、しずかに、立ちあがって、となりの椅子を、ひいた。
椅子が、きちんと、女の子のほうに、むけられる。
「……座りなさい」
リヴィアの声は、しずかだった。
つめたくも、なかった。
ふつうの、しずかな声だった。
「え、あ、あの、でも……」
「わからないところを、おしえなさい。
……時間は、すこしなら、ある、から」
女の子は、ぽかんと、していた。
信じられない、というかおで。
それから、ぼろっ、と、なみだを、こぼした。
リヴィアが、ちょっと、びっくりした。
「いや、なぜ、泣くのですか……」
「ご、ごめんなさい、うれしくて、……!」
リヴィアは、すこし、まっ赤になった。
「……いいから、本を、ひらきなさい」
女の子は、ぐすっ、と、はなをすすりながら、リヴィアのとなりに、すわった。
おしえる声は、きこえないが、唇がうごいている。
——女の子の表情が、だんだん、やわらかく、なっていく。
たまたま、通りかかった、しるふぁと、ティナと、アリア。
三人は、開いているドアのすきまから、中を、見てしまった。
ティナが、小さな声で、さけんだ。
「……う、うそでしょ。リヴィアが、下位クラスの子に、勉強、おしえてる!」
ティナの目は、まんまるに、なっていた。
「おおげさだな」
アリアは、あきれたように、言った。
「……いや、でも」
アリアも、すこし、めずらしそうに、その光景を、見ていた。
「——以前の、リヴィアなら、しなかったかも、しれないな」
しるふぁは、ただ、しずかに、ドアのむこうを、見ていた。
その目には、すこしだけ、涙が、ひかっていた。
しるふぁの胸のペンダントが、ほのかに光る。
光のなかに——ずいぶん昔のリヴィア。
とてもちいさな、ひとりぼっちのリヴィアが、つめたい学園の廊下で、きょろきょろ、先生をさがしている。だれも、声をかけてくれない。
それを、じっと、見守るような、大人になった今のリヴィアの、かすかな横顔。
「リヴィアさん…」
しるふぁは、小さく、つぶやいた。
「リヴィアさんは、ほんとうに、やさしいね。」
ティナは、あわてて、なみだを、そでて、そっとぬぐった。
「わたし、なんか、泣きそう」
アリアが、ふっ、と、ため息のような、わらいをもらした。
「——まったく……こまったやつばかりだな。」
けれど、その声は、すこしも、いやそうでは、なかった。
その、夕方。
しるふぁが、ひとりで、丘のベンチに、すわっていると——
さくっ、さくっ、と、足音が、近づいてきた。
アリアだった。
いつもの、白い外とうを、肩にかけていた。
しるふぁの、となりに、なにも言わずに、すわった。
しばらく、ふたりは、だまって、夕日を、見ていた。
やがて、アリアが、しずかに、口をひらいた。
「しるふぁ」
「はい」
「——ひとつ、ききたい」
アリアの声は、ふだんよりも、しんちょうだった。
「おまえの言う、『おうえんしあえる、せかい』——
それは、競争を、否定する、ということなのか」
しるふぁは、ちょっと、考えた。
「……ううん」
しっかりと、首を、よこにふった。
「競争はわるい、とは、思わないです。
リヴィアさんも、アリアさんも、競争のなかで、つよくなって、たくさんの人を、まもれるようになった。
それは、すごい、ことだと、思うんです」
アリアが、うなずいた。
しずかに、つづきを、まっている。
しるふぁは、じぶんの胸に、一度、手をあてた。
ペンダントが、あたたかかった。
「でもね——」
すこし、ゆっくりと、言葉を、えらんだ。
「——競争に、かてなかった、ひとが。
『もう、じぶんには、なにも、ないんだ』って。
『ねうちが、ないんだ』って。
そう、思ってしまう、せかいは、——」
しるふぁの目に、涙がにじんだ。
「——かなしいな、って、思うの」
「かつことも、だいじ。
でも、かてなくても。
じぶんの、やりたいことを、おうえんしてくれる人が、ひとりでも、いれば——
ひと、って、もういちど、立ち上がれると、思うの」
アリアは、しばらく、なにも、言わなかった。
夕日が、しずかに、しずんでいく。
やがて、アリアは、ほんの小さく、息をついた。
「……そうか」
「アリアさん?」
「……母の、言葉の、意味が、また、すこし、わかった、気がする」
アリアは、立ち上がった。
しるふぁのほうを、見ないで、ただ、夕日のほうを、むいて、言った。
「——ありがとう」
そして、しずかに、去っていった。
その、せなかは——
しるふぁには、なんだか、すこし、軽くなったように見えた。
その夜。
しるふぁは、日記をひらいた。
「おかあさんへ。
きょう、リヴィアさんが、下位クラスの子に、べんきょうを、おしえていました。
ちいさいけど、すごい、ことだった、と、おもう。
——ティナちゃんも、リュシアせんぱいも、アリアさんも。
わたしの、つたない、ゆめを、ちゃんと、うけとめてくれました。
『家がらで、じゅんばんが、きまるのが、ふつう』——
みんな、そう、いってたけれど。
……本当に、そうかな?
きょう、ひとり、『ちがうかも』って、おもった、わたしのおなじような子が——
学園のなかに、すこしずつ、ふえているような、気がしたんです」
ペンダントが、ほのかに、ひかる。
「おかあさん。
『ちいさな、一ぽ』って、きっと、こういうことなんだね。
——きっと、おかあさんも。
こんな、ちいさな『一ぽ』を、どこかで、ふみだしたんでしょうか」
ピコが、日記のうえに、ちょこん、と、のった。
しるふぁは、ピコの頭を、そっと、なでた。
窓のそとの星が、ひとつ、いつもよりも、あかるく、またたいていた。
——第7話 つづく——