わたしの、ゆめ
Luminus Archiveその人のうわさは、ティナから、きいていた。
「四光守のひとり。『いまを見る巫女』、アリアさま。
……すっごく、あたまいいけど、ちょっと、こわいひとらしいよ」
四光守——
学園の、四人のえらい巫女さまたちのこと。
「かこ」「いま」「みらい」「まもる」を、それぞれ、すこしずつ、つかさどっている、らしい。
リュシアせんぱいは、「かこ」のひと。
そして——
「いま」を、見ている、ひと。
「会ったこと、あんまりないんだけどね。なんか、いつも、けんきゅう棟にいるって」
ティナが、そっと、教えてくれた。
ピコがふわふわ飛びながら、ぴぃっぴぃっ、と鳴いている。
しるふぁが回廊を歩いていると、ふと、うしろから、声がかかった。
「——シルファ・ルミナリアだな」
ひくくて、はっきりとした声だった。
しるふぁが、ふりかえった、そこには。
ストレートの、深い紺色の長い髪。まるいメガネ。
制服のうえに、白い、研究ようの外とう。
胸のあたりには、ほんの小さな、バラ色のつぼみのような、しずかな光のルミ。
その人は、まっすぐ、しるふぁを見ていた。
すこしも、まばたきしない、するどい目で。
「……は、はい」
「わたしは、アリア。アリア・アデル。『いま』をつかさどる、四光守の巫女だ」
しるふぁは、息をのんだ。
「お前のルミ——その、ピコ、というルミだが。
先日のリュシアの資料館での件、報告書を、よんだ」
しるふぁの肩で、ピコが、ぴっ、と、すこしびくっとした。
「興味深い」
アリアは、それだけ、言った。
そして、すこしも、間をあけずに、つづけた。
「——決闘を、もうしこむ」
「え……?」
しるふぁは、まばたきをした。
「あ、あの、なんで……」
「そのルミの特性を、観察したい」
アリアの言いかたは、まるで、なにかの実験計画を読みあげるみたいに、たんたんとしていた。
「拒否する権利は、ある。だが——」
アリアは、小さなメガネのおくで、しずかに、しるふぁを見た。
「おまえが、拒否しないタイプの人間だということは、わかっている」
しるふぁは、口を、ひらきかけて、とじた。
「……ティナから、きいているからな」
ティナが「あ、まずい」みたいな顔で、
ぴゃっと顔をひっこめる。
アリアは、すこしだけ、口もとをゆるめた。
笑ったのか、どうかも、よくわからないくらい、すこしだけ。
「——三日後。決闘場で、まつ」
そして、しずかに、去っていった。
その夜。
しるふぁは、日記を書こうとしていた。
でも、ペンが、うごかなかった。
「……たたかう、か」
リヴィアさんのときは、ちがった。
あの子を、まもりたかった。ピコを、まもりたかった。
だから、けんめいに、ふんばれた。
でも、今回は。
アリアさんは、ピコを見たいから、戦いたい、と言っていた。
そこに、こわさは、ない。
敵意も、ない。
ただ、しずかな、研究心。
——そういう人と、わたし、どうやって、戦ったら、いいんだろう。
しるふぁは、ピコを見た。
ピコは、しるふぁの顔を見あげて、ぴぃ、と、ちいさく、ないた。
「……ピコ。わたしね、どうしても、本気に、なれない、かも、しれない」
ピコは、だいじょうぶ、というように、しるふぁのほおに、ぴたっ、と、ほほをよせた。
決闘の日。
しるふぁは、ぼんやりと、剣をかまえていた。
反対がわに、アリア。
バラ色の、ちいさなルミが、アリアの肩のあたりで、しずかに光っていた。
アリアは、こちらを、じっと、観察していた。
「……動かないのか」
「あ、えっと……」
「攻撃しろ」
「……はい」
しるふぁは、剣を、ちょっとだけ、あげた。
けれど、どこに、ふればいいのか、わからなかった。
アリアの、バラ色のルミが、しずかに、光の矢を、はなった。
ピコは、けんめいに、よけた。
しるふぁは、ただ、立っていた。
「——本気に、ならないのか」
「えっと……」
「わたしを、ばかにしているのか?」
アリアの声に、はじめて、すこしだけ、こえに、とげが、はいった。
「リヴィアとの決闘では、おまえは、しっかりと、ふんばっていた、と聞いた」
アリアのルミが、光を、つよくしていく。
「なぜ、わたしには、応じない」
——あ、ちがう。
しるふぁは、あわてた。
「ちがいます、そういうこと、じゃ——」
でも、アリアは、もう、きかなかった。
バラ色の光が、一気に、集まる。
「なら——本気で、来させてやる」
光の矢が、ひと筋、太くなって、まっすぐ、ピコに、むけられた。
ピコが息をのんで、目をとじる。
時間が、ゆっくり、ながれた気がした。
ピコが、あぶない。
しるふぁは、考えるよりさきに、からだが、うごいていた。
剣を、すてた。
両手をひろげて、ピコのまえに、とびこんだ。
「ピコーーーっ!」
バラ色の光が、しるふぁの肩に、ちょくげき、した。
しるふぁは、地面に、膝をついた。
肩に、じんじんと、いたみがはしった。
アリアが、目を、見ひらいていた。
「……なんて、ばかなことを」
立会人が、すばやく、しるふぁに駆けよった。
「アリアさま、勝負あり。——アリアさまの、勝利です」
アリアは、そっぽを向いた。
「そんなことをしても、意味は、ないのに。なぜだ。」
しるふぁには、きこえていた。
でも、こたえられなかった。
肩に、げきつうが、はしっていた。
そのとき——
とつぜん、舞台のまんなかに、金色の光の柱が立つ。
「!?」
ピコが、起きあがった。
ぷるぷると、ふるえながら、光を、放ちはじめた。
ピコのからだが、きんいろに、かがやく。ほんの一瞬
——まるで、炎のつばさをもつ、とても大きな鳥のような姿が、ゆらめいて見える。
それは、あくまで、「かげ」のような幻影。しかし、はじめて見る、ピコの姿。
ピコは、アリアにむかって、ぴぃっ、とはげしく、ないた。
怒りの声だった。
しるふぁを、傷つけたことへの、はげしい、怒り。
アリアは、ゆれる光の鳥のすがたに、たちすくんだ。
「……な、なんだ、これは……!」
ピコは、光の羽をふりあげて——
でも、そこで、力つきた。
ピコのすがたが、元の小鳥にもどる。
ふらっ、と、意識をうしない、しるふぁのひざに、落ちてくる。
「——ピコッ!」
しるふぁは、肩のいたみもわすれて、ピコを、ぎゅっと、両手で、うけとめた。
観客がざわめく。
「……いま、ルミが変身、したんじゃない?……」
「あの、形は、いったい……」
ざわめきのなかで、アリアは、あぜんと、たちすくんでいた。
その夜。
しるふぁは、包帯をまいた肩で、日記のまえに、すわっていた。
ピコは、ベッドのうえで、まだ、ねむっていた。
ちいさな、胸が、ゆっくり、うごいている。
しるふぁは、ペンを、手にとった。
でも。
ペンをもつしるふぁの手が、ふるえて、いる。
紙のうえに、インクのひとしずくだけが、ぽつん、と、落ちる。
——書けなかった。
巫女になるって、こういうこと、なんだろうか。
勝って、勝って、勝ちつづけて、いちばん、つよい子が、「めいよ巫女」に、なれる。
そういう、仕組み。
……でも、わたし、勝ちたい、って、思えない。
きょうだって、本気にならないから、ピコをあやうく、傷つけるところだった。
わたし、じゃあ——
なに、しに、ここに、いるんだろう。
「……わからないよ、ピコ」
ぽつりとこぼれた、しるふぁの声。
ピコは、ねむったまま、聞いていなかった。
しるふぁは、しずかに、日記を、とじた。
——日記が、はじめて、とぎれた夜。
アリアも、ねむれずにいた。
机のうえには、きょうの決闘の、じぶんで書きかけた報告書。
けれど、アリアの目は、紙ではなく、窓の外の、月を、見ていた。
——幼いアリア。家の、大きな机のまえにすわって、本をひろげている。その手もとに、そっと、大人の女性のてが、のびる。
カップを置く。母、イリアナ・アデル。仕事でいそがしく、ほとんど家に帰らない母。
「アリア」
「……おかあさま」
「べんきょうが、すき?」
「はい」
「そう。えらいね」
母は、ほほえんでいた。けれど、その目は、どこか、とおくを見ていた。
「——でもね、アリア。
Coreのことをしらべるのに、ちしきや、けいさんも大事だけれど、
ルミと、わたしたちのパートナーシップがあるからこそ、この世界が、なりたっているのよ。
……それを、わすれたら、だめ」
幼いアリアは、???という顔で、母を、見あげていた。
——アリアは、目をひらいた。
月は、おなじ場所に、あった。
「……意味がわからない、と、思っていたな」
ちいさく、つぶやいた。
そばに、アリアのパートナー——バラ色のちいさなルミ「ティエレ」が、ふわりと、まいおりた。
アリアの手のこうに、そっと、とまった。
「……ティエレ」
アリアは、ため息をつきながら、たずねた。
「わたしは、きょう、……ばかなことを、した、と、思うか」
ティエレは、しばらく、アリアを見て、
そして、こくり、と、うなずいた。
「……そうか」
アリアは、肩をおとした。
「——どう、『ばか』だったのか、おしえてくれ」
ティエレは、ちいさな声で、ぴぃぴぃ、と、ないた。
それは、アリアにだけ、ことばのように、きこえる声。
「しるふぁちゃんはね、ただ——
『戦いたくない』って、思っただけなの。
アリアちゃんは、ピコちゃんのこと、
観察したかったんだよね。
でも、ピコちゃんは、しるふぁちゃんの、
だいじな、だいじな、パートナーなの。
——しるふぁちゃんが、身を挺してまで、
まもったでしょう。それが、答えよ。」
アリアは、長いあいだ、動かなかった。
そして、つぶやいた。
「……そうか」
もういちど、月を見た。
「わたしは、とても、失礼なことを、したらしい」
ティエレが、アリアのほおに、そっと、ふれた。
次の朝。
しるふぁが、中庭のベンチで、ぼんやり、空を見ていると、
ざく、ざく、と、足音が近づいてきた。
しるふぁがみあげると、
その先に、アリアが、立っていた。
いつもの、しずかな顔で。
でも、瞳のおくが、ちょっと、ちがっていた。
「しるふぁ」
「あ……アリアさん」
アリアは、しるふぁのまえに立って、すこし、ためらってから、ふかぶかと、頭をさげた。
「——昨日は、ほんとうに、すまなかった」
しるふぁは、びっくりして、とびあがりそうになった。
「えっ、あ、そんな、あの、ちがうんです、わたしのほうこそ、ちゃんと、戦えなくて、ごめんなさい……!」
アリアは、顔をあげて、しるふぁを、じっと、見た。
「……おまえは、かわった、やつだな」
けれど、アリアは、うすく、ほほえんでいた。
しるふぁが、はじめて見る、アリアの笑顔だった。
アリアは、しるふぁのよこに、腰をおろした。
しばらく、ふたりは、だまって、朝の中庭を見ていた。
やがて、アリアが、ぽつりと、言った。
「しるふぁ」
「はい」
「……おまえの、ゆめは、なんだ」
しるふぁは、おどろいて、アリアを見た。
アリアは、遠くを見たまま、つづけた。
「わたしは、信じている。
この世界のみんなが、切磋琢磨して、よりよい自分になるために、競いあう。
いちばん強いものが、上にたって、世界を、よりよく、する。
それが、みんなの、しあわせに、つながる。
——わたしは、そう、信じて、疑わない」
アリアは、そこで、すこし、言葉を、きった。
「おまえは、どう、思う」
しるふぁは、うつむいた。
朝の光が、しるふぁのまえで、ゆれていた。
じぶんの、ほんとうに、思っていること。
まだ、ちゃんと、ことばに、できる、じしんはない。
でも——
しるふぁの胸のペンダントが、朝の光をうけて、小さく、光る。
おばあちゃんの声が、ふっと、きこえた気がした。
『みんなが正しいって言うことでもね、「本当にそうかな?」って、自分の心に聞いてごらんなさい』
しるふぁは、ゆっくりと、顔をあげた。
「……アリアさんの、おっしゃることは、すばらしい、と、思います。
みんなが、つよくなって、よりよくなろうって、がんばる。
それは、すごい、ことだって、思うんです」
「うむ」
しるふぁは、すうっ、と、息をすった。
「でもね、アリアさん。
わたしは——」
「——わたしは、『勝つこと』より、
ひとりひとりが、じぶんの、やりたいことを、みつけられて。
みつかったら、それを、むりだ、って、あきらめないで、めざせて。
——まわりの人たちが、それを、いっしょに、おうえん、できる。
そんな、せかい、
……そんな、せかいが、いいな、って、思います」
ふたりのあいだに、そっと、やさしい風がふきぬける。
アリアは、しばらく、しるふぁを、じっと、見ていた。
まるで、何かを、はかるように。
そして——
「ふっ」
アリアが、わらった。
「……なんだ、それは」
こらえきれない、というように、アリアは、口もとをおさえて、わらっていた。
それは、けっして、人をばかにしているような、わらいではなかった。
しるふぁも、つられて、わらった。
「はは……へんな、こと、言いましたよね」
「……いや」
アリアは、目もとを、指でぬぐった。
「きいたことのない、考え、だった。
——だが、なぜだろうな」
アリアは、しるふぁを見た。
「……なんだか、しずかに、胸のおくが、あつくなるのは」
ピコが、アリアの肩にとまったバラ色のルミのちかくに、ぴょん、と飛んでいき、
ちょんっ、と、鼻先を、ふれあわせた。
バラ色のルミ——ティエレも、ぴぃ、とこたえた。
——その夜。
しるふぁは、ようやく、日記を、開くことが、できた。
「おかあさんへ。
きのうは、書けなくて、ごめんなさい。
きょう、わたし、じぶんの、ゆめを、はじめて、ことばにしました。
うまく、言えたか、わからないけど。
アリアさんが、笑ってくれました。
なんだか、みとめてくれたような、やさしい、わらいでした。
——おかあさんも。
こんなふうに、だれかに、ゆめを、かたったこと、あったのかな」
ペンダントが、ほのかに、ひかる。
「そうそう、それから。
ピコが、きのう、ちょっとだけ、大きくなった、気が、するんです。
ほんの、いっしゅんだけ。
ちょっと、おおきな、ひのとりみたいに、見えたの。
——ピコも、すこしずつ、おとなに、なってるのかな?」
ピコが、日記のうえに、ちょこん、と、のった。
しるふぁは、ピコの頭を、そっと、なでた。
ぴぃ、と、ピコが、しずかに、ないた。
——第6話 つづく——