おかあさんへの、とどかない手紙
Luminus Archive照明 ランプだけ。窓のそとは深い藍色、星。
BGM ピアノの、ごくしずかな旋律。1話のエンディングの系列。
SE ペンが紙をすべる、かすかな音。窓のそとを、風がとおりすぎる音。
しるふぁは、毎ばん、日記を書いていた。
入学してから、一日も、欠かしたことがなかった。
「おかあさんへ。
きょうはね、じゅぎょうで、ルミといっしょに光る練習がありました。
みんなのルミは、きれいにひかるのに——
ピコだけね、ちょっと、へんなひかりかたをして、先生がふしぎな顔をしていました。
……でも、わたしは、ピコのひかりが、すきです。」
机のランプの、やわらかい光のなかで。
小さな丸い字が、ていねいに、ページにならんでいく。
とどくあては、なかった。
おかあさんが、どこにいるのかも、わからない。
——ほんとうに、どこかに、いるのかも、わからない。
それでも、しるふぁは、ペンをとめなかった。
書いていると、おかあさんが、そばにいてくれるような気がしたから。
照明 あたたかいオレンジ色の朝光。
BGM かわいらしい、かろやかな旋律。
SE 鳥の声。ベッドのスプリングがきしむ音。
「しるふぁー、おきてー」
ティナが、ばさっと、しるふぁの布団をめくる。
「うぅ……」
「きょう、週末だよ! みんなで、町いくって言ってたじゃん!」
しるふぁは、ねぼけまなこで、机のうえを見た。
ゆうべの日記が、しずかに、とじられて、置いてあった。
ティナは、その日記を見て、ちょっと、首をかしげた。
「ねえ、しるふぁ」
「ん……?」
「しるふぁってさ、まいばん、なに、かいてるの?」
しるふぁは、ぱちっと、目をあけた。
すこし、あわてた。
「えっと……あの」
「あー、ごめんごめん、見ないよ! でも、まいばん書いてるから、ちょっと、気になってたの」
しるふぁは、ベッドのふちに、すわった。
朝日を、ぼんやりとあびながら、ぽつりと、言った。
「……おかあさんへの、日記」
「おかあさんへ?」
「うん。……もう、会えないんだけど。
書いてると、そばにいてくれるみたいで……すこし、安心、するから」
ティナは、一瞬、しゃべるのをやめた。
そして、すっと、しるふぁのとなりにすわって、かろやかに言った。
「……いいじゃん、それ!」
しるふぁは、顔をあげた。
「きっとね、おかあさん、どこかで、ちゃんと、読んでるよ!」
なにげない、ひとことだった。
でも——
しるふぁの目に、じわっと、涙がにじんだ。
「……うん」
「えっ、ちょっ、なんで泣くの、わたし、へんなこと言った!?」
「ちがうの、うれしくて……」
「ええー、ほんと?」
ティナがあたふたしている横で、しるふぁは、袖で目もとをふいて、小さく笑った。
照明 やわらかい午前の光。石だたみが白っぽく輝く。
BGM 明るい、木管楽器中心の、散策のような旋律。
SE 町のざわめき。馬車のとおる音。パン屋からいいにおいが漂う——のイメージに合う、遠くの鐘の音。
その週末。
しるふぁ、ティナ、リヴィア、リュシアの四人で、学園のそとの町に買いだしに出かけた。
ティナは、大きなバスケットを両手にかかえて、うきうきしていた。
「あたらしい、かみかざり! きょうこそ、いいの、みつける!」
リヴィアは、その横で、うで組みをして、なんだかすこし、こまった顔をしていた。
「……付きあってあげているだけですよ」
そう言いながらも、ちゃんと、いっしょに、歩いていた。
リヴィアの肩のうえの白銀の鷹も、ふだんよりなんだか、ふわふわと、やわらかくゆれていた。
リュシアは——
気がつくと、いなかった。
「あれ、リュシア先輩、どこ行った……?」
「あそこの、古道具屋さん、ですかね」
「ああー、出てこないやつだ、あれ」
ティナが、ふきだした。
リヴィアも、めずらしく、小さく、くすっとわらった。
しるふぁは、みんなの横顔を見て、じんわり、あたたかい気もちになった。
照明 花たちに、やわらかい陽ざしがさしている。
BGM やさしく、しずかなメロディに変わる。
SE 花の、さらさらとゆれる音。
花屋のまえで、しるふぁは、足をとめた。
「……あ」
そこには、おばあちゃんの家の庭に、いつも咲いていたのと、おなじ花が、あった。
しるふぁは、そっと、しゃがんで、花に手をのばした。
指先が、花びらに、ふれる。
ひんやりと、しっとりしていて——
朝、庭で、じょうろを持っていたころの、においがした。
「……おばあちゃん。げんきかな」
ちいさく、つぶやいた。
肩のピコが、花のそばに、ちょこんと、とまった。
ぴぃ、と、そっと、ないた。
しるふぁは、すこしだけ、目もとが、ぬくくなった。
「しるふぁー、こっちこっち! リヴィアにこの髪かざり!とっても、にあうって思うんだけど、そう思わない!?」
しるふぁは、ふりかえって、小さくわらった。
「……うん。かわいい」
リヴィアが、ぷいっと、横をむいた。
ほおが、うっすらと、赤い。
照明 ランプ。机のうえに、きょう町でかった小さな花瓶。デージーと忘れな草がさしてある。
BGM 「やわらかな夜」——これまでで、いちばんやさしい音量。
SE 風。ペンが紙をすべる音。
その夜。
しるふぁは、いつものように、机のランプのまえで、日記を開いた。
でも、きょうは、ペンが、なかなか、すすまなかった。
胸のなかに、いろんなものが、ふわふわと、浮かんでは、消えた。
おかあさんのこと。
おばあちゃんのこと。
ティナの、あの、朝の声。
「きっと、読んでるよ」
——ほんとうは、ずっと、さびしかった。
おかあさんがいなくなってから、ずっと、さびしかった。
おばあちゃんは、やさしかったけど。
やっぱり、おかあさんに、会いたかった。
ずっと、ずっと、そうだった。
でも、きょう、気づいた。
まわりに、もう、あたたかいひとたちが、こんなに、たくさんいるんだ、って。
「おかあさんへ。
きょう、みんなで、町にでかけました。
おばあちゃんの庭の花と、おなじ花が、うってました。
おばあちゃん、げんきにしてるかな。
おかあさんへ、てがみを書いても、とどかないこと、わかってます。
『とどかないなら、いみが、ないのかな』
——そう、思うこと、あります。
でも... 」
しるふぁは、ペンを、いったん、とめた。
「……本当に、そうかな?」
ピコが、日記のうえに、ちょこんとのって、しるふぁを見あげている。
窓のそとで、星が、しずかに、またたいていた。
「——でもね。
かきつづけることで、わたし、『ひとりじゃない』って、おもえるの。
おかあさんが、のこしてくれたピコがいて。
あたらしい、おともだちがいて。
とどかなくても、
この気もちは、ほんものだから。
——だから、わたし、これからも、書きつづけます」
ピコが、日記のうえで、そっと、目をとじた。
しるふぁは、日記を、しずかに、閉じた。
「……おやすみなさい、おかあさん」
フェードアウト
——まだ、しるふぁは、知らない。
この日記が、この先、なんども、しるふぁ自身を、たすけることになる、ということを。