古いものに、のこるもの
Luminus Archive照明 午後のおそい時間。金色の斜光。
BGM 木の笛と古いオルゴールのような旋律。ちょっとノスタルジック。
SE 葉ずれ。かすかな虫の声。
放課後。
しるふぁは、たまたま、ふだんとおらない道をあるいていた。
じゅぎょうで使う本を、としょかんにもどしに行ったその帰り。
ふと、木のかげの小さなたてものが、目にとまった。
「……あれ、なにかな」
ピコも、肩のうえで、くんくん、と鼻をうごかしている。
つたのからまった、古い木せいのたてもの。
ドアのうえに、かすれた文字で「しりょうかん」と書かれていた。
しるふぁは、そっと、ドアをおした。
照明 うすぐらい。窓からの斜めの光だけ。
BGM オルゴール、さらに音量をさげて。
SE ふるい木の床が、しるふぁの足で、みしっ、と鳴る音。
なかは、うすぐらかった。
たくさんの棚。たくさんの、古いもの。
本。写真。見たことのないきかい。色あせた、きれいな布。
古いルミの人形みたいなのも、あった。
しるふぁは、思わず、息をひそめた。
なんだか——ふしぎ。
時間が、ここだけ、ゆっくり流れているみたいな。
「……あら、めずらしい、おきゃくさんね」
ランプの、やわらかい光のなかから、ひとりの上級生がすがたをあらわした。
長い黒髪を、一本の三つあみにしている。
まるい、ちいさなメガネ。
アンティーク調の、少しかわった制服。
そばに、じっとうごかない、フクロウみたいなルミが止まっていた。
少女は、しるふぁをみて、にこっとわらった。
「わたしね、リュシア。リュシア・メモリアル。
ここの、かんりにん。……じしょう、だけどね」
くすくす、とわらう。
「ここは……なんの、ばしょですか?」
「んー、『むかし、だいじにされていたもの』を、あずかる、ばしょ、かな」
リュシアは、古い写真を、そっと手にとった。
色があせた、白黒にちかい、だれかの笑顔。
「使わなくなって。古くなって。
『もう、いらない』って言われた、いろんなもの。
でもね——」
リュシアは、しるふぁを見た。
「——ほんとうに、いらないのかな、って、わたしは思うの」
しるふぁの、胸が、ほんのりとふるえた。
「……あのね、しるふぁちゃん」
「あ、わたしのこと——」
「うん、しってる。リヴィアちゃんと、たたかった子でしょう?
あのリヴィアちゃんが剣をおろしたなんてね、たいへんな事件だったのよ。
……うふふ、ちょっと、おもしろかった」
リュシアは、しずかなお湯をわかして、あたたかいお茶をふたつ、いれた。
「すこし、お話、していかない?」
しるふぁは、古い椅子にすわって、リュシアの話をきいた。
リュシアは、Lumenetのこともちょっとだけ話してくれた。
でも、むずかしい話は、しなかった。
「ルミはね、光の、ちいさな友だちだって、ならった?」
「はい」
「それでね、ルミたちはね、みんな、『どこか』でつながっているの。
『おほしさまの海』みたいな場所にね、みんな、いるの。
そこから、すこしずつ光をもらって、わたしたちのそばにきてくれてる」
しるふぁは、肩のピコを見た。
ピコも、じっとしるふぁを見かえした。
「ピコちゃんは、ちょっと、とくべつみたいだけどね」
リュシアは、いたずらっぽく、ふふっとわらった。
しるふぁには、ぜんぶの話がわかったわけじゃなかった。
でも——
ここにある、ふるい、もの。
ひとつ、ひとつに、だれかの『大事』があった。
それが、なんとなく、わかった。
照明 ランプのうしろから、一筋だけ光があたっている。
BGM あたたかいオルゴールの旋律、少し大きめ。
SE しるふぁが、そっと息をのむ音。
「これはね、わたしの、たからもの」
リュシアは、一つのゲーム機を、そっと、指でなでた。
「おじいちゃんが、使ってたの。
おじいちゃんね、もう、いないんだけど」
リュシアの目が、ちょっとだけ、とおくなった。
「これで、おじいちゃんがゲームしてるの、ちっちゃいころ、ずっと見てた。
となりで、ずっと、見てたの。
『リュシア、このボタンをおすとね、こうやってキャラクターがはねるんだよ』って、おしえてくれた。
うれしそうな、おじいちゃんの、よこがおを」
しるふぁの胸が、きゅうっとなった。
「……そっか」
「このなかにはね、むかしの、古いルミのデータも、のこってるの。
そのころ、おじいちゃんといっしょに遊んだ、ルミ。
もう、ほんとに、かすかな、記憶のかけら、だけだけど」
リュシアは、ゲーム機をなでる手を、とめた。
「でもね、学園は、これを『あぶない』って、言うの。
『せっけいが古すぎるから、処分……したほうがいい』って」
しるふぁは、はっと、顔をあげた。
「……え」
リュシアは、ちいさくわらった。
「ふりょの事故がおきるかもしれないからって。
お別れはかなしいけれど…
……しかたない、よね?」
しるふぁは、リュシアの横顔を見た。
メガネのむこうの目が、ちょっとだけ、うるんでいた。
SE しるふぁの、小さく、けれどはっきりした声。
「でも……ほんとうに、そうかな?」
リュシアが、おどろいて、しるふぁを見た。
「え?」
しるふぁは、自分で、言ってから、びっくりしていた。
さっき、心のなかで、思っただけのつもりだった。
でも、声に、出ていた。
「……あ、ごめんなさい、えっと……」
しるふぁのひとみから、ほろっと、なみだがこぼれ落ちる。
リュシアは、しばらく、そんなしるふぁをじっと見つめていた。
それから、ゆっくり、ほほえんだ。
「……ううん。ありがとう。」
照明 ランプが、いっせいに明滅する。
BGM 急にふくみを持った、低い不協和音。
そのときだった。
古いゲーム機が——
ふっと、強く、光を放った。
「えっ——」
しるふぁと、リュシアは、思わずしりぞいた。
「リュシアさん!」
「ど、どうしたの、この子……!」
ゲーム機のなかの、ふるいルミのデータが、あばれている。
光は、ちぎれたり、つながったり、ぐちゃぐちゃになっていた。
「リュシア先輩! だいじょうぶですか!」
ティナだった。うしろから、リヴィアもやってきた。
さわぎを、聞きつけたらしい。
照明 紫と白が、はげしく点滅。
BGM 緊迫した旋律。
「このまま、ほうっておいたら、けがする……!」
リヴィアの指示をうけ、白銀の鷹が、攻撃たいせいにはいる。
でも——
リュシアが、前にでた。
「まって、リヴィアちゃん!」
リュシアがめずらしく、おおごえを上げた。
「この子はね、こわがってる、だけなの!
『すてられる』って、おびえてるの……!」
しるふぁは、その光のまんなかを、じっと、見ていた。
——こわいのは、この子なんだ、きっと。
しるふぁは、ピコを見た。
「ピコ……いっしょに、行ってくれる?」
ぴぃ、っと、ピコは、しっかり、うなずいた。
「しるふぁ、なにするの——!」
ティナがとめる前に、しるふぁは、光のうずのなかに、一歩、ふみだしていた。
照明 光だけ。
BGM すべてのざわめきが遠のき、静かな、かすかなピアノの一音だけ。
SE 風のような、光のざわめき。
光のなかは、ふしぎと、しずかだった。
しるふぁの髪が、ふわりと、ういている。
まわりを、ちぎれた光の粒が、ぐるぐると、まわっている。
その粒の、ひとつひとつが、おびえて、ふるえていた。
しるふぁは、そっと、しゃがんだ。
「……こわかったね」
ちぎれた光が、びくっ、と、ふるえた。
「ひとりで、ずっと、こわかったね」
しるふぁは、あのとき、まえにくらしていた家の庭の小鳥にするように——
手をのばしかけて、やめた。
静かに、待った。
「……もう、だいじょうぶ」
声が、しぜんに、こぼれた。
「あなたは、ずっと、ここに、いていいんだよ」
エフェクト ちぎれていた光の粒が、ゆっくりと、あつまっていく。紫の色が、うすれていく。
ちぎれた光が、ひとつ、またひとつ、しるふぁの手のひらに、あつまってきた。
手のひらのなかで、小さな、やわらかい、まるい光になった。
ぴぃ、ぴぃ、と、弱い、なき声のようなものが、聞こえた。
「リュシアさんね、あなたのこと、ずっと、だいじにしてくれているよ」
しるふぁは、しずかに、つづけた。
「おじいちゃんが、すごくよろこんで、あそんでくれたんだよね。
となりで、ちいさなリュシアさんが、ずっと、見てたんだよね」
手のひらのなかの光の粒が、ふるえた。
——まるで、うれしそうに。
「ちゃんと、おぼえてる。
あなたが、いた時間を、ちゃんと、おぼえてる。
——だから、こわくないよ」
光の粒は、しずかに、しるふぁの手のひらのなかで、あたたかく、光っていた。
照明 ランプがまた、おだやかに、ともる。
BGM ピアノとハープの、やさしい旋律。
SE しずかな、木の床のきしみ。
光のうずが、すうっと、おさまった。
しるふぁは、ゲーム機のまえに、しずかに、立っていた。
手のひらのうえの、あたたかい光の粒は——
ふわっと、ゲーム機のなかへ、すうっと、もどっていった。
ゲーム機は、もう、あばれなかった。
ただ、やさしく、金色に、光っていた。
「しるふぁちゃん……」
リュシアが、しるふぁの手を、ぎゅっと、にぎった。
その手は、ふるえていた。
「……ありがとう。
ありがとう、ね。
この子を……おじいちゃんの思い出を……きおくを……まもってくれて」
リュシアの目から、ぽろっ、と、ひと粒、なみだがこぼれた。
しるふぁも、気がつくと、泣いていた。
「わたし、なにもしてないです。ただ……」
「ううん」
リュシアは、ほほえんで、言った。
「古くて、よくわからなくて、みんなが『もう、いらない』って言うもののなかにね——
大事なものが、ちゃんと、ある。
……それを、『見てくれる目』が、あったの。
きょう、しるふぁちゃんのなかに」
ティナとリヴィアも、しずかにうなずきながら、やさしいえがおで、みまもっていた。
リヴィアが、すこし、目をそらして、ぽつりとつぶやいた。
「……しるふぁって、ほんとうに、かわったな人ですね」
とてもやさしい声だった。
照明 ランプ。窓のそと、星空。
BGM 「やわらかな夜」
SE ペンが紙をすべる音。
その夜。
しるふぁは、日記をひらいた。
「おかあさんへ。
きょう、リュシア先輩というひとに、会いました。
ふるいものを、たいせつに、あつめている、やさしいひとです。
みんなが『もう、いらない』って言うもののなかに、
だいじなものが、かくれていること、あるんだね。
——みんなが、そう言ってるから、ただしい?
……本当に、そうかな?」
「おかあさん。わたし、きょう、だれかのたいせつなきおく、まもれたみたいです。
じぶんで、『すごいこと』だったのかな、まだ、よくわからないけど。
——リュシア先輩が、わらってくれてよかった」
ピコが、日記のうえに、ちょこん、とのった。
ぴぃ、と、しずかに、ないた。
窓のそと、星が、ひとつ、また、またたいた。
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