つめたい剣と、あたたかい気持ち
Luminus Archive編入して、三日目。
しるふぁとティナが中庭を歩いていると、人だかりが見えた。
「……なんだろ?」
「行ってみる?」
ティナが首をかしげて、のぞきに行く。
しるふぁも、ピコを肩にのせたまま、そっと近づいた。
人だかりのまんなかに、下のクラスの女の子がひとり、うつむいて立っていた。
まわりを、上のクラスの子が三、四人、ぐるりと囲んでいる。
「あなた、きのうの実技のテストで、わたしの前に立ったでしょう?」
「……ごめんなさい」
「身のほど、わきまえなさいよ」
囲まれている子のルミは、小さな白いうさぎのような姿で、こちょこちょ、と女の子のあしもとで丸くなって、ふるえていた。
ティナが、ちいさく舌うちをした。
「またあの子たちか……。しるふぁ、見なかったことにしよ。からむと、めんどうだよ」
ティナは、しるふぁの袖を引いた。
でも——
しるふぁの足は、止まらなかった。
気がついたら、囲まれている女の子の前に、立っていた。
「……あの」
しるふぁの声は、すこし、ふるえていた。
けれど、顔は、上げていた。
「……もう、やめてあげてください。その子、すごく、こわがってます」
囲んでいた子たちが、いっせいに、しるふぁを見た。
「なに、あなた。編入生?」
「新入りが、いきなり口はさんでくるわけ?」
ピコが、ぴっ、ぴっ、と強くないて、しるふぁのまえに出た。
光でできた、小さなかべ。
しるふぁは、それを見て、ちいさく息をのんだ。
「……ピコ」
そのとき。
「……およしなさい」
ひくい、けれど、よく通る声が響きわたった。
ざわついていた人の輪が、すうっと、わかれた。
ひとりの、上級生が、あらわれた。
長い黒髪を、きっちりと背中で結わえている。制服は、折り目もきれいで、乱れがない。
青みがかった銀色の瞳。しずかで、けれど、澄んだ目。
肩のすこし上を、銀色の、大きな鷹のようなルミが、ゆったりと飛んでいた。
「リ、リヴィアさま……!」
囲んでいた子たちが、ぱっと姿勢をただした。
少女は——リヴィアは、
囲まれていた女の子に、そっと、目くばせをし、
その場を去るのをみとどけたあと、
しずかに、じっと、しるふぁを見つめていた。
こわいくらい、まっすぐに。
リヴィアは、しるふぁのまえに立った。
背は、しるふぁより、すこし高い。
「あなたが、編入生ですね。……噂はきいています」
しるふぁは、うなずくことも、できなかった。
「弱い子を、かばったのですね」
「……はい」
「やさしい、ですね」
リヴィアは、目を細めた。
笑ったわけではなかった。むしろ、冷たい目だった。
「——甘い、ですね」
「力のない優しさは、むりょくと、おなじ。
あなたのしたことは、結局、その子の立場を、もっと悪くするだけ。
わかりますか?」
しるふぁは、唇をぎゅっとむすんだ。
リヴィアのことばは、つめたい。
でも——ただしい…
……のかな?
ティナが、はらはらとした顔でしるふぁを見ている。
しるふぁは、ゆっくりと、顔をあげた。
「……でも」
「でも?」
「目のまえで、くるしそうにしてる人を……わたしは、ほおっておくことは、できません」
そのとき、リヴィアの瞳が、ゆらいだ。
その目が、ほんの、わずかに、見ひらかれた。
そして——
「……なるほど」
リヴィアの口もとに、かすかな、けれど、たしかな笑みが浮かんだ。
「では、その覚悟を、見せていただきましょう」
「え……?」
リヴィアは、肩の白銀のルミに、ちらりと視線をやった。
鷹のようなルミが、ゆっくりと羽をひろげた。
「わたしと、戦いなさい。——決闘、しましょう」
舞台の両端に、しるふぁと、リヴィア。
しるふぁは、細い剣を、ふるえる手で、にぎっていた。
となりに、ピコ。
相手は——リヴィアと、白銀の鷹。
観客席のなかに、ティナの顔がみえた。
両手をぎゅっとにぎって、「がんばれ」と口を動かしている。
でも、差は、はじめから、あきらかだった。
リヴィアの剣はするどく、正確で、むだがない。
白銀の鷹は、空中から、するどく光の羽根をとばしてくる。
ピコは、必死に、光のかべで防ぐ。しるふぁは、なんとか、剣でうけながす。
けれど——
しるふぁの息は、みだれていた。
ピコも、翼がすこし傾いて、光がよわくなっている。
「……はぁっ、……はぁ……」
リヴィアは、まったく息をみださず、汗もかいていなかった。
しずかに、レイピアのきっさきを、しるふぁにむけた。
「やはり、この程度ですか」
「やさしいだけでは、なにも守れませんよ」
リヴィアの剣が、ふりかぶられた。
どうじに、白銀の鷹のルミが、とどめの一撃のために、
たかく舞いあがり、ピコをにらみつけた。
光の羽根が、いっせいに、ピコへ——。
そのとき。
「——まって!」
しるふぁは、ピコのまえに、立ちはだかっていた。
両手を、ひろげて。
しるふぁの目には、涙がたまっていた。
けれど、目はそらさなかった。
「……おねがい、ピコには、当てないで!!」
リヴィアの瞳が、うごいた。
「……勝負を、放棄するのですか」
「わたしが、負けでいい、です。
ピコを、傷つけるのは——いやです」
しずかな、時間が、ながれる。
風が、一度、しるふぁの髪をなでていった。
やがて、リヴィアは——
ゆっくりと、剣を、下げた。
白銀の鷹も、リヴィアの肩のうえにのり、羽をたたんだ。
「……」
リヴィアは、しばらく、なにも言わなかった。
そして、ぽつりと、つぶやいた。
「……かわった人、ですね」
その声からは、さっきまでの、こおりのようなつめたさが、消えたように思えた。
決闘のあと。
リヴィアは、しるふぁに、ひとりで
屋上に来るように、告げた。
しるふぁは、すこし緊張しながら、
おそるおそるリヴィアに、ついていく。
屋上につくと、リヴィアはふりかえり、
しるふぁに手を伸ばした。
「ここは、わたしの大切な場所。
学園のなかで唯一、ひとりになれるところです。」
リヴィアは、しるふぁの手をとり、
手すりのそばに立って、遠くをながめた。
そこに、そよ風が、吹いた。
髪が、ふわりと、舞う。
きれいだな、と思った。
・・・
リヴィアは、しばらく、なにも言わなかった。
やがて、ぽつりと、言った。
「……この学園、ゆがんでいると、思いませんか」
「え?」
しるふぁは、おどろいて、リヴィアの横顔を見た。
リヴィアは、遠くを見たままだった。
「…わたしは、常に首席でありつづけなければ、なりません。」
「家の伝統と名誉をまもる。それが当主として、わたしに課せられた責務です。」
「はい」
リヴィアは、とおくを見つめている。それ以上は、言わなかった。
だが、彼女のひとみのなかに、つよい決意の光が宿っているのが、みえた。
しるふぁは、リヴィアの横顔を見つめていた。
しるふぁの胸のペンダントが、ふっと、ほのかに光る。
その光のなかに、リヴィアの姿が映る
——ただ、それは、いま目のまえにいるリヴィアとは、ちょっとちがう。
まだ子どものリヴィアが、ひとりで、ぽつんと広い廊下に立っている。
少しさびしそうな、かたい横顔だった。
しるふぁには、彼女のひとみの中に・・・
その「つめたさ」のおくにあるものが、見えた気がした。
しるふぁは、そっと、口をひらいた。
「……リヴィアさん」
「なんですか」
「……リヴィアさんが、ほんとうに、守りたいものって、なんですか?」
いっしゅん、風の音が、つよくなる。
リヴィアは、しるふぁを見た。
そして、ふっと、ためいきをつくと、彼女に向き合った。
「……あなたって、ほんとうにへんな人ですね」
「え?」
「そんな、はずかしいことを、まっすぐな目で、きくんですから」
リヴィアのほおが、ほんのり、赤かった。
風に、長い黒髪がながれた。
リヴィアは、ちいさく、ほほえんだ。
——はじめて、しるふぁが見る、リヴィアの笑顔だった。
「いつか、お話しします。……いつか、ね」
その夜。
しるふぁは、机のランプのもとで、日記をひらいた。
「おかあさんへ。
きょう、リヴィアさんという人と、たたかいました。
つよくて、つめたくて、こわい人だと、おもいました。
でも、ちょっとだけ、ちがったみたいです。
リヴィアさんは、きっと、すごく、やさしい人です。
——わたし、ピコを、まもれてよかった。
ピコ、ごめんね。きょうは、こわいおもいさせて」
ピコが、日記のうえに、ちょこんとのった。
しるふぁは、ピコの頭を、やさしく、なでた。
「……ピコ」
ぴぃ。
「ありがとう、ね」
ペンダントが、ほのかに光る。
——おばあちゃんの言葉が、ふっと、浮かんだ。
『みんなが正しいって言うことでもね、「本当にそうかな?」って、自分の心に聞いてごらんなさい』
しるふぁは、日記にもう一行、書きくわえた。
「『つよい人』が『正しい』って、みんな、いうけれど——
……本当に、そうかな?」
窓のそとで、風が、一度、しずかにないた。
——第3話 つづく——