つめたい剣と、あたたかい気持ち
Luminus Archive照明 雲が薄くかかった、白っぽい陽ざし。影がやわらかい。
BGM 環境音のみ。遠くの生徒たちの声、葉ずれ。
SE 風が糸杉の葉をそっと揺らす音。
編入して、三日目。
しるふぁとティナが中庭を歩いていたとき、人だかりが見えた。
「……なんだろ」
「行ってみる?」
ティナが首をかしげて、のぞきに行く。
しるふぁも、ピコを肩にのせたまま、そっと近づいた。
人だかりのまんなかに、下のクラスの女の子がひとり、うつむいて立っていた。
まわりを、上のクラスの子が三、四人、ぐるりと囲んでいる。
「あなた、きのうの実技のテストで、わたしの前に立ったでしょう?」
「……ごめんなさい」
「身のほど、わきまえなさいよ」
囲まれている子のルミは、小さな白いうさぎのような姿で、こちょこちょ、と女の子のあしもとで丸くなって、ふるえていた。
ティナが、ちいさく舌うちをした。
「またあの子たちか……。しるふぁ、見なかったことにしよ。からむと、めんどうだよ」
ティナは、しるふぁの袖を引いた。
でも——
しるふぁの足は、止まらなかった。
気がついたら、囲まれている女の子の前に、立っていた。
「……あの」
しるふぁの声は、すこし、ふるえていた。
けれど、顔は、上げていた。
「……もう、やめてあげてください。その子、すごく、こわがってます」
囲んでいた子たちが、いっせいに、しるふぁを見た。
「なに、あなた。編入生?」
「新入りが、いきなり口はさんでくるわけ?」
ピコが、ぴっ、ぴっ、と強くないて、しるふぁのまえに出た。
光でできた、小さなかべ。
しるふぁは、それを見て、ちいさく息をのんだ。
「……ピコ」
そのとき。
「……およしなさい」
ひくい、けれど、よく通る声が響きわたった。
ざわついていた人の輪が、すうっと、わかれた。
背景エフェクト 風が、ふっ、と吹き抜ける。糸杉の枝が、いっせいに揺れる。
ひとりの、上級生が、あらわれた。
長い黒髪を、きっちりと背中で結わえている。制服は、折り目もきれいで、乱れがない。
青みがかった銀色の瞳。しずかで、けれど、澄んだ目。
肩のすこし上を、銀色の、大きな鷹のようなルミが、ゆったりと飛んでいた。
「リ、リヴィアさま……!」
囲んでいた子たちが、ぱっと姿勢をただした。
少女は——リヴィアは、
囲まれていた女の子に、そっと、目くばせをして、/p>
その場を去るのをみとどけたあと、/p>
しずかに、しるふぁを見ていた。
こわいくらい、まっすぐに。
カメラ リヴィアの靴。石畳をひとつ、しずかに踏みしめる。
リヴィアは、しるふぁのまえに立った。
背は、しるふぁより、すこし高い。
「あなたが、編入生ですね。……噂はきいています」
しるふぁは、うなずくことも、できなかった。
「弱い子を、かばったのですね」
「……はい」
「やさしい、ですね」
リヴィアは、目を細めた。
笑ったわけではなかった。むしろ、冷たい目だった。
「——甘い、ですね」
「力のない優しさは、無力と、おなじ。
あなたのしたことは、結局、その子の立場を、もっと悪くするだけ。
わかりますか?」
しるふぁは、唇をぎゅっとむすんだ。
リヴィアのことばは、つめたい。
でも——まちがっては、いなかった。
……かも、しれない。
ティナが、はらはらとした顔でしるふぁを見ている。
しるふぁは、ゆっくりと、顔をあげた。
「……でも」
「でも?」
「目のまえで、くるしそうにしてる人を……わたしは、見ない、ことには、できません」
リヴィアの目が、ほんの、わずかに、見ひらかれた。
そして——
「……なるほど」
リヴィアの口もとに、かすかな、けれど、たしかな笑みが浮かんだ。
「では、その覚悟を、見せていただきましょう」
「え……?」
リヴィアは、肩の白銀のルミに、ちらりと視線をやった。
鷹のようなルミが、ゆっくりと羽をひろげた。
「わたしと、戦いなさい。——決闘、ですよ」
照明 真昼の強い光。石の舞台が白くかがやく。
BGM 緊張感のある、低弦とティンパニの旋律。
SE 観客のざわめき。風の音。
舞台の両端に、しるふぁと、リヴィア。
しるふぁは、細い剣を、ふるえる手で、にぎっていた。
となりに、ピコ。
相手は——リヴィアと、白銀の鷹。
観客席のなかに、ティナの顔がみえた。
両手をぎゅっとにぎって、「がんばれ」と口を動かしている。
でも、差は、はじめから、あきらかだった。
リヴィアの剣はするどく、正確で、むだがない。
白銀の鷹は、空中から、するどく光の羽根をとばしてくる。
ピコは、必死に、光のかべで防ぐ。しるふぁは、なんとか、剣でうけながす。
けれど——
しるふぁの息は、みだれていた。
ピコも、翼がすこし傾いて、光がよわくなっている。
「……はぁっ、……はぁ……」
リヴィアは、まったく、汗もかいていなかった。
しずかに、剣のきっさきを、しるふぁにむけた。
「やはり、この程度ですか」
「やさしいだけでは、なにも守れない」
リヴィアの剣が、ふりかぶられた。
白銀の鷹が、とどめの一撃のために、高く舞いあがる。
光の羽根が、いっせいに、ピコへ——。
そのとき。
BGM ぴたっ、と音がとまる。
SE しるふぁの、はっきりとした声。
「——まって!」
しるふぁは、ピコのまえに、立ちはだかっていた。
両手を、ひろげて。
リヴィアの剣が、しるふぁのすぐ目のまえで、ぴたりと止まった。
しるふぁの目には、涙がたまっていた。
けれど、目はそらさなかった。
「……おねがい、ピコには、当てないで!!」
リヴィアの瞳が、うごいた。
「……勝負を、放棄するのですか」
「わたしが、まけでいい、です。
ピコを、傷つけるのは——いやです」
しずかな、ながい時間が、ながれた。
風が、一度、しるふぁの髪をなでていった。
やがて、リヴィアは——
ゆっくりと、剣を、下げた。
白銀の鷹も、空中で、羽をたたんだ。
「……」
リヴィアは、しばらく、なにも言わなかった。
そして、ぽつりと、つぶやいた。
「……かわった人、ですね」
その声は、さっきまでの、こおりのようなつめたさが、すうっと消えていた。
照明 午後の陽ざし。空は深い青。風がつよい。
BGM ピアノとフルートの、しずかな二重奏。
SE 風の音。とおくで、鳥の声。
決闘のあと。
リヴィアは、しるふぁを、屋上につれてきた。
「ここは、わたしの大切な場所。学園のなかで唯一、ひとりになれるところです。」
しるふぁは、手すりのそばに立って、遠くをながめた。
風が、つよい。
髪が、ふわりと、舞う。
リヴィアは、しるふぁのとなりに立って、しばらく、なにも言わなかった。
やがて、ぽつりと、言った。
「……この学園、ゆがんでいると、思いませんか」
「え?」
しるふぁは、おどろいて、リヴィアの横顔を見た。
リヴィアは、遠くを見たままだった。
「…わたしは、常に首席でありつづけなければ、なりません。」
「家の伝統と名誉をまもる。それが当主として、わたしに課せられた責務です。」
「はい」
リヴィアは、とおくを見つめている。それ以上は、言わなかった。
だが、彼女のひとみのなかに、つよい決意の光が宿っているのが、みえた。
エフェクト しるふぁの胸のペンダントが、ふっと、ほのかに光る。その光のなかに、リヴィアの姿が映る——ただ、それは、いま目のまえにいるリヴィアとは、ちょっとちがう。まだ子どものリヴィアが、ひとりで、ぽつんと広い廊下に立っている。少しさびしそうな、かたい横顔。
しるふぁには、ほんの一瞬、
その「つめたさ」のおくにあるものが、見えた気がした。
しるふぁは、そっと、口をひらいた。
「……リヴィアさん」
「なんですか」
「……リヴィアさんが、ほんとうに、守りたいものは、なんですか?」
SE 風の音だけが、つよくなる。
リヴィアは、しるふぁを見た。
おどろいた顔だった。
そして、ふっと、視線をそらした。
「……あなたって、ほんとうにへんな人ですね」
「え?」
「そんな、恥かしいことを、そんなまっすぐな目で、きくんですから」
リヴィアのほおが、ほんのり、赤かった。
風に、長い黒髪がながれた。
リヴィアは、ちいさく、ほほえんだ。
——はじめて、しるふぁが見る、リヴィアの笑顔だった。
「いつか、お話しします。……いつか、ね」
照明 ランプ。窓のそとは藍色。
BGM 「やわらかな夜」小音量。
SE ペンが紙をすべる音。
その夜。
しるふぁは、机のランプのもとで、日記をひらいた。
「おかあさんへ。
きょう、リヴィアさんという人と、たたかいました。
つよくて、つめたくて、こわい人だと、おもいました。
でも、ちょっとだけ、ちがったみたいです。
リヴィアさんは、きっと、すごく、やさしい人です。
——わたし、ピコを、まもれてよかった。
ピコ、ごめんね。きょうは、こわいおもいさせて」
ピコが、日記のうえに、ちょこんとのった。
しるふぁは、ピコの頭を、やさしく、なでた。
「……ピコ」
ぴぃ。
「ありがとう、ね」
——おばあちゃんの言葉が、ふっと、浮かんだ。
『みんなが正しいって言うことでもね、「本当にそうかな?」って、自分の心に聞いてごらんなさい』
しるふぁは、日記にもう一行、書きくわえた。
「『つよい人』が『正しい』って、みんな、いうけれど——
……本当に、そうかな?」
窓のそとで、風が、一度、しずかにないた。
フェードアウト